一般社団法人日本毒性学会,THE JAPANESE SOCIETY OF TOXICOLOGY

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特別寄稿


日本毒性学会会員動向調査 毒性学会理事 上野光一

本学会の理事である上野光一先生から、過去10年間における日本毒性学会の会員動向に関する調査の結果について寄稿していただきましたので、以下をご覧ください。




若者たちへのメッセージ 佐藤哲男

佐藤哲男先生から、日本薬物動態学会ニュースレターに連載されました「若者へのメッセージ」及び本稿を毒性学会ホームページに掲載するにあたっての「毒性学会のあゆみ」を寄稿していただきました。


寄稿にあたって

2014年2月に、日本薬物動態学会ニュースレター編集委員会からの依頼で、「若者へのメッセージ」を同ニュースレターに4回にわたり連載した。その内容は薬物動態研究者のみならず、他分野の若手研究者にも役立つものにしたつもりである。この度、日本毒性学会のご好意により、この連載を同学会のホームページに掲載して頂けることとなった。それに伴って、既存の連載に加えて「日本毒性学会のあゆみ」を新たに起稿した。日本毒性学会設立にご尽力頂いた先逹の中には既に他界された方々も少なくない。小生にとって40年余お世話になった日本毒性学会の歴史が時間の経過とともに風化するのを懸念して、ここに記録として残すこととした。今回の小文「若者へのメッセージ」が、日本毒性学会の次世代を担う若手研究者の皆様に少しでもお役に立てば望外の喜びである。
最後に、今回の寄稿をご承認頂いた日本毒性学会理事各位と、転載を許可して頂いた日本薬物動態学会関係者各位に深謝する。(2015年3月記)

佐藤哲男
千葉大学名誉教授




学会の使命・概要

日本トキシコロジー学会について

 日本トキシコロジー学会は、以前に日本学術会議の会員を中心に半ば私的に運営されていた毒性研究会から発展して、組織体としては1975年に「毒作用研究会」、1981年に「日本毒科学会」、そして1997年には今日の名前である「日本トキシコロジー学会」に名称を変更した。会の名前は、その時代背景にある国内外の社会情勢や科学技術の進歩により変化してきたが、本学会の概要は当ホームページに詳述されているのでそれを参照されたい。

 本学会(の前身)は、先ず"学"により組織化された。即ち、生命科学系の学際的学術組織として誕生したのが「毒作用研究会」である。1960年代から1970年代は国際的にも、国内においても大学改革を目指した動きが激しく、日本では東大医学部での学生処分に端を発して全学的な学生運動が高揚して全国に波及し、医学部での最大矛盾を抱えた臨床医学における関係者の動きは不十分で、この毒作用研究会への組織的参入は見送られた。臨床中毒の問題は、サリドマイドの薬害、水俣病やイタイイタイ病、スモンやカネミ油症、等々多岐に及んだが、結果的に肝心の臨床医学研究者の積極的な動きは図られなかった。日本と韓国の間では日韓毒科学会が定期的に開催され、これがアジアトキシコロジー学会へと発展的に解消する最中にも、救急医学の関係者が大勢加わって組織化されていた「日本中毒学会」との将来の合体を視野に入れた、第一回アジアトキシコロジー学会の共催は結実されなかった。

 本学会の極めて重要な転機は組織的な"産"の参入であった。1980年代後半の日本毒科学会学術年会への参加者は極めて少なく、学術年会の継続が危ぶまれる事態にも立ち至った。この危機を救ったのが日本製薬工業協会の方々で、同基礎研究部会総会の開催場所と開催日を本学会の学術年会に合わせて下さり、以降の当学術年会は多くの参加者を恒常的に得たばかりではなく、学会内容の充実が図られた。これが1986年に東京での第4回国際毒科学会の開催を可能にした。学会の理事や監事を始めとする役員や年会長も学にとらわれず、産からの積極的な参加が図られるに至った。

 医薬品開発の国際調和と科学のグローバリゼイションの動きが加速されて、必然的に"官"の参入が図られた。これには特別な配慮を一切必要としない極めて自然の流れとしての動きが得られた。本会への国立医薬品食品衛生研究所の研究者の積極的な参加が何にも増して心強く、学会認定トキシコロジスト制度の確立をも可能にした。併せて、トキシコロジーの標準となるテキストやトキシコロジ事典などの発行が出来る程の会としての力をつけるに至った。更に、文科省の科学研究費補助金を始めとする国の研究費配分を担う審査委員の選出を本会に要請されるなど、諸方面への影響を及ぼすまでにも本会は発展した。加えて、学会の主たるテーマを含むToxicogenomicsに関する大型の国家研究プロジェクトの推進にも会のメンバーが加わるなど、会の力量は確実に増している。

 日本トキシコロジー学会は、会の活動に社会との接点を多く抱えこまざるを得ないが故に、困難な運営を迫られる事も予想される。公害病の認定や環境基準値の策定、等は政治的な力が介入する余地が多く、会としての意見の一致を持った対応が必ずしも図られ得るとは限らない。科学に軸足を置いた対処が優先されるべきは当然である。

 トキシコロジーは極めて学際的科学である。人類の将来、社会構造のあるべき姿の追求、等は科学に根ざしたものを支えにすべきではあるが、現在の本会の力量で果たして支え切れるかは疑問も残る。従って、今後は本会に倫理を含む人文系科学、並びに上述した臨床科学、を如何に組み込んでいくかは大きな課題である。現在の諸学会は今なお細分化が進んでおり、所謂縦割り的科学組織であるが、これに対し、横断的統合の機能を持った組織こそが我が日本トキシコロジー学会の近未来像ではあるまいか。



元理事長 遠藤 仁
*2012年1月より、日本毒性学会に改名
(2006年9月 受理)



IUTOX・ASIATOXについて

IUTOXの歴史と活動

1.設立の経緯
 米国では1950年代後半から1960年代初頭にかけて、サリドマイド薬害事件を契機に薬物の毒性について国内で大きな関心が集まり、研究者の間で毒性学会の必要性が議論された。その結果、1961年にSociety of Toxicology(SOT)が9名の発起人により設立された。設立当時は会員数が187名に過ぎなかったが、2010年現在では約7000名に増えている。一方、ヨーロッパではEuropean Society for the Study of Drug Toxicity(ESSDT)が1962に設立された。その後、ESSDTは現在のEuropean Society of Toxicology (EUROTOX)となった。
 その頃、化学工業の急速な発展にともなって、化学物質の毒性が国際的規模で急速に社会問題になったことから、1968年にはSOTおよびESSDTの有志が非公式に集まり国際学会の必要性について議論した。公式に動き始めたのは、1975年にフランスのMontpellierで開催されたEuropean Society of Toxicology(EST)(ESSDT)の年会においてである。会議ではSOTとESTの代表団により”International Toxicology Organization”の設立が決定された。それを受けて、1977年にカナダのTorontoにおいて、”First International Congresses of Toxicology”が開催され、Second Congressは1980年にベルギーのBrusselで開催された。その会議において、国際トキシコロジー学会設立のために15名の委員からなる設立準備委員会が新設された。その委員の中には、我が国から白須泰彦博士(元(財)残留農薬研究所長、日本毒性学会名誉会員)が含まれた。同委員会では会則、役員、財政などの原案が議論され、1980年7月6日にベルギーのBrusselにおいてInternational Union of Toxicology (IUTOX)が正式に設立された。設立当初の加盟学会は8カ国である(英国、EUROTOX, フィンランド、フランス、日本、カナダ、インド、米国、スエーデン)。 その後世界各国から多くの学会がメンバーとなり、2010年現在では55学会が加盟している。

2.設立の意義
 IUTOXの主な目的は、各国のトキシコロジストが協調出来るための基盤を整備することである。それを遂行するための具体的な施策としては次の事項が含まれる。
1)各国間の情報交換を円滑にすること。
2)IUTOXは国際的なリーダーとして、各国間の問題を解決することに努力すること。
3)世界の地域特有の問題を解決するのを援助すること。
4)開発途上国における教育、訓練を支援し、若いトキシコロジストの育成に努めること。


3.理事会の運営

1)理事会の構成

理事会は下記の役職により構成されている。

President, 1st Vice President, 2nd Vice President, Secretary General, Treasurer, Director(理事)5名

初代理事会メンバーは設立当初に加盟した9カ国から選出された。PresidentにはDr. S.L. Friess(米国)が選出され、日本からは、理事として池田正之教授(東北大学名誉教授、日本毒性学会名誉会員)が選出された。
Presidentは3年間の任期満了後、次の一期(3年間)はPast Presidentとして理事会に残る事になっていたが、2004年からそれを廃止した。また、2007年から、2名のVice President制度を廃止し、President-Electと一名のVice Presidentに改めた。
設立から2010年までに日本毒性学会からIUTOX理事会メンバーとして参画した代表は下記の通りである(敬称略)。

1980−1983:池田正之(Director)
1983−1986:酒井文徳(2nd Vice President)
1986−1989、1989−1992:福田英臣(2nd Vice President)
1995−1998、1998−2001:佐藤哲男(2nd Vice President)
2001−2004:黒川雄二(2nd Vice President)(2003年に都合により退任したので、残余期間を佐藤哲男が継承した)
2004−2007、2007−2010:井上 達(2nd Vice President) (2009年に都合により退任したので菅野 純が残任期間を継承した)
2009−2010、2010−2013:菅野 純


2)理事会の常置委員会

第一回理事会において、常置委員会としてMembership Committee, Program Committee, Nominating Committeeを設置した。また、1981年にはPublication Committee を追加した。その後、1997年までに次のsubcommitteeを設置した。

Commission of Strategic Development:理事会の運営を円滑にする目的
Commission of Education:加盟学会の教育支援
Commission of New and Developing Societies:開発途上国のトキシコロジー学会の活動支援
Commission on International Relations:IUTOXとその上部組織であるInternational Council of Scientific Union(ICSU)やInternational Program on Chemical Safety(IPCS),その他の国際機関との相互関係を蜜にする目的。
Commission on Communication: Newsletterの作成、配布やホームページの管理

3)現在の理事会メンバー(2010年−2013年)

President: Daniel Acosta(USA)
President-Elect: Herman Autrup(Denmark)
Vice President: Jun Kanno(Japan)
Secretary-General: Elaine Faustman(USA)
Treasurer: Heidi Foth(Germany)
Directors: Emanuela Corsini(Italy),Laura Cecilia Börgel Aguliera (Chile),Lewis Smith(UK), Mary Gulumian(South Africa), Mumtaz Iscan(Turkey)



4.国際会議の開催

IUTOXは下記の2種類の国際会議を3年毎に主催している。


1)International Congress of Toxicology (ICT)

ICTは第一回の1977年(トロント)以来3年毎に開催されている。開催を希望する学会は所定の手続きにしたがって立候補届をSecretary General宛に提出する。複数の立候補学会があった場合には、理事会において種々の観点から審議した上で一つの候補学会にしぼり、それをNomination Committeeに推薦する。その後、Nomination Committeeが、推薦された学会名を明記した投票用紙をIUTOXメンバー学会に送付し信任投票する。投票結果は当該年に開催されるIUTOX総会において報告され、全IUTOXメンバー学会の過半数が信任した場合には、被推薦学会が次々回(6年後)のICTの主催国となる。したがって、立候補を希望する学会は開催希望年の6年前に立候補届を提出する。直近では、ICT XII(2010年)はバルセロナ(スペイン)で開催され、次回(2013年)ICT XIIIはソール(韓国)に決定している。また、ICT XIV(2016年)は、バルセロナにおけるIUTOX総会においてメキシコに決定した。ちなみに、日本においては、1986年にICT IVが酒井文徳会長の下で横浜パシフィコにおいて開催された。


2)International Congress of Toxicology in Developing Countries (CTDC)

CTDCはICTと同様に3年毎に開催される。第一回CTDC (CTDC 1)は1987年にJosé Castro教授の下でブエノスアイレス(アルゼンチン)において開催された。CTDCはICTと同様の手続きにより立候補し、開催希望年の6年前にIUTOX理事会で一つの学会を推薦し、IUTOX加盟学会の投票により決定する。直近では、CTDC 7(2009年)がサンシティー(南アフリカ)において開催された。CTDC 8(2012)はバンコック(タイ)での開催が決定している。また、バルセロナにおけるIUTOX総会において、CTDC 9(2015年)はサンパウロ(ブラジル)に決定した。日本で開催したことはないが、アジアではCTDC 5(2003年)が桂林(中国)において開催された。


3)RASS

1980年代初頭にBo Holmstedt教授(スエーデン、第2代IUTOX会長)がESTとSOTに呼びかけて、若手トキシコロジストの育成を目的としてRisk
Assessment Summer School(RASS)の開催を提唱した。RASSは米国におけるGordon Conferenceがそのモデルとなっており、ノーベル賞受賞者の様な高名な指導者と若手研究者が一堂に会して討論することが目的である。第一回RASSは1985年8月にデンマークにおいて開催された。RASSはICT, CTDCと異なり、7日間一カ所に合宿し、参加人数も30名以内に限定して行われてきる。毎回5−6名のトキシコロジーの各分野におけるエキスパートが講師となり、世界各国から参加者を募集して学校形式で密度の高い教育を行った。1985年以来2年毎にスエーデンのTorbjorn Malmfors教授が世話人となり開催された。開催地は毎年異なり、これまでにはイタリア、タイ、スエーデン,スペインなどで、2004年からはドイツで行っている。 2007年までの参加者総数は、50カ国から306名が参加している。日本からも毎回2−3名が日本毒性学会の推薦で参加した。しかし、諸般の事情により2009年のRAS XIVをもって25年間、13回の教育コースが終結することとなった。


4) Continuing Education Courses(CEC)

1980年にSOTが新人教育のためのコースを開設した。それが非常に効果的で希望者が多かったため、IUTOX Education CommissionではICT VII(1995)から毎回のICTにおいてCECを導入した。CTDCでもCTDC5(2003年)からCECを開催した。コースはBasic と Advancedに分かれており、その時代の重要なトピックをとりあげて、それぞれの領域の専門家がテキストを作成し、それを参加者に配布して講義形式で行っている。通常は、ICT, CTDCの会期の前日に実施している。



5.功労賞の創設

IUTOXではICT VIII(1998年)以来、3年毎のICT総会においてトキシコロジー分野において功績のあった者に対して功労賞(Merit Award)を授与している。これまでの受賞者は下記の通りである。

ICT-VIII(1998): Seymour Fries(米国)
ICT IX(2001): José Castro(アルゼンチン)
ICT X(2004): Iain Purchase(英国)
ICT XI(2007): Tetsuo Satoh(日本)
ICT XII(2010): Torbjörn Malmfors(スエーデン)


おわりに

IUTOXはICT, CTDCを通して世界各国のトキシコロジストの育成や最新の情報交換の役目を果たしてきた。しかし、今後のトキシコロジーには次の様な課題が残されている。

1)トキシコロジーは薬理学や病理学などの古い医学領域に比較して新しい学問分野である。したがって、今後はそれらの隣接領域とも密に連携する必要がある。
2)一般市民に対して、化学物質の毒性、安全性についてその重要性を普遍的に普及、啓蒙すべきである。
3)トキシコロジーは境界領域なので、その上部機関であるICSUを通して、加盟団体と共にICSUの活動やプロジェクトに積極的に参画すべきである。


(注)ICSU(元英語名International Council for Scientific Union,現International Union for Science)(国際科学会議)は1931年に設立され、国際学会ならびに各国科学アカデミーが加盟する国際学術機関。各国からの学術団体として、日本からは日本学術会議が参加している。ICSUの使命は、自然科学分野における国際学術団体の協調促進および国際的科学活動の協調推進を目的としている。

本稿をまとめるにあたって下記の資料を参考とした。


  • Torbjörn Malmfors編集:History of IUTOX(1977-2007)
  • IUTOX website


元IUTOX副会長、日本毒性学会名誉会員、千葉大学名誉教授
佐藤 哲男



毒性学(トキシコロジー)について

「トキシコロジー」とは何ですか


千葉大学名誉教授
佐藤 哲男


 今日私どもはおびただしい数の化学物質の中で生活しています。その中で、多くの化学物質は無意識の内に大気、食品、その他の媒体を通して生体内に入り込みます。それに対して、医薬品は治療の目的で患者自身の意思で使われるものです。例えば、風邪薬として広く用いられているアセトアミノフェン(パラセタモール)は、常用量を使用すると優れた解熱鎮痛薬ですが、大量に飲むと重症な肝障害を引き起こし最終的には死に至ります。かつて英国では自殺の目的で常用量の10倍服用した例が複数報告されています。また、セレンは生体にとって栄養上必須な金属ですが、高濃度が体内に入ると逆に毒性を示します。この様に、化学物質の有用性と毒性はその量により大きく異なります。

 中世の医師、錬金術師であるパラケルスス(1493-1541)は、「物質にはすべて毒性がある:毒性のないものはない。量が毒か薬かを区別する」(キャサレット&ドール:「トキシコロジー」、日本語訳より引用)と毒性の本質を定義しています。つまり、薬は適量を適正に使用することにより初めて治療薬としての効果を発揮することとなります。

 この様に、医薬品、化学物質の人への安全性をサイエンスに基づいて解明する学問が「トキシコロジー」です。トキシコロジーは日本語では毒性学、毒理学、毒科学、毒物学、中毒学、安全性学などとさまざまに訳されていますが、どれもその一断面を表すのみで本質を示していません。

 トキシコロジーが学問として認知されたのは1960年代初頭で、その頃のトキシコロジー研究者は、薬理学、病理学、生化学などの研究者が集まったいわばヘテロ集団でした。その最初の集団が米国トキシコロジー学会(Society of Toxicology, USA)です。9名の発起人により1961年3月4日に設立集会が開催されました。40年余を経た現在、5000名余の会員にまで発展し世界で最大のトキシコロジー学会となりました。

 ヨーロッパでは、1962年9月20日に欧州6カ国から19社の大手製薬企業関係者26名が集まり、欧州における毒性研究の研究会の必要性が検討され、その結果、European Society for the Study of Drug Toxicity(ESSDT)が設立されました。この議論のきっかけは当時ドイツで起きたサリドマイドの悲劇が引き金になったといわれています。10年後にEuropean Society of Toxicology(EST)と改められ、その後現在のEUROTOXに改名されました。

 一方、我が国における毒性研究の最初の集団は、1973年11月に設立された「毒性研究会」です。また、1976年2月には「毒作用研究会」が設立されました。1981年6月にこれら二つの研究会が合体して「日本毒科学会」が新たに設立されました。1997年には学会の名称を「日本トキシコロジー学会」に改称し、現在は2000名余の会員を擁する世界第二の学会にまで成長しました。

 トキシコロジーは、100年以上の歴史を持つ薬理学や病理学に比べたら50年にも達しない新しい学問です。しかし、医薬品の他に、食品添加物、農薬、化学工業薬品、金属、環境汚染物質、家庭用化学薬品、放射線・放射性物質、天然毒、金属、産業廃棄物、化学兵器など広範な領域を対象としている点では極めて重要な意味をもっています。

 また、象牙の塔ではなく社会と広い接点を持つ学問であることが特徴です。日本トキシコロジー学会では、毎年公開市民講座を開催して、トキシコロジーの啓蒙に尽くしています。また、新薬の開発において、安全性を正しく評価し、担保することは製薬企業研究者の重要な職務であり、トキシコロジーがその基盤となっています。

 古代に暗殺や戦争の目的で使われた動物毒、植物抽出物は、中世を経て20世紀になりトキシコロジーの誕生のきっかけとなりました。最近では、DNAレベルの知識と技術が導入され、より精度の高い学問に発展しつつあります。1980年から3年毎に開催されている国際トキシコロジー会議(International Congress of Toxicology)では、国際的に共通な課題が議論され、その成果は研究の場のみならず、行政や市民レベルまで反映されています。トキシコロジーは将来に続く重要な学問として我々の生活の中で役立っています。


*2012年1月より、日本毒性学会に改名
(2006年1月 受理)



「トキシコロジー学会の使命」


元理事長・東京大学名誉教授
唐木英明


 「神は5分前にこの世を創造した。」この仮説に反証することは難しい。例えば「私が1時間前に書いた書類がここにあるのだから、世界はずっと前からある」と反論してみても、「神はそのような記憶を持ったあなたを創造したのだ」と言われるとそれまでだ。

 哲学者Karl Raimund Popper(1902~1994)は、「反証可能な仮説のみが科学的な仮説であり、そのような科学的な仮説で組み立てられた体系が科学である」と述べた。「神」という絶対的な存在を持ち出すことは反証を不可能にすることであり、科学とは言えない。仮説を立て、これを検証し、仮説を改定してゆく。このサイクルがPopperの言う科学である。だから、現在米国で反進化論論争の中心になっている「地球上の生命はある特定できない知的な要因によって生み出された」とするインテリジェント・デザイン(知的計画)説などは科学とは言えない。

 これに対して、パラダイム説を唱えたのが科学史家Thomas Samuel Kuhn(1922-1996)である。パラダイムとは、「観察者(科学者)の持つ世界観」と言える。科学者は教育や研究の過程である分野のパラダイムを身につける。そしてそのパラダイムに基づいて「謎解き」を行うのが科学である。しかし「地動説」が現れたときのように、時間と共に現在のパラダイムでは説明できない観察事例が集まり、パラダイムは危機に陥り、全く新しいパラダイムが登場する。このようなパラダイムの変換が起こるまでは、そのパラダイムを共有する科学者集団が科学を論じ、科学的な価値を保証する。これが「学会の役割」である。そして、パラダイムの危機はそれを共有する科学者集団の危機でもあり、パラダイムの変換と共に新しい科学者集団が組織される。古い学会はこのようにして消えてゆき、新しい学会はこのようにして生れる。

 有名なKuhnによるPopper批判の根拠は、科学者はパラダイムに基づいて謎解きをするだけで、パラダイム自体を検証することはほとんどないという事実である。ある意味ではパラダイムは、それが崩壊するまでは、科学者にとって絶対の存在ともいえる。Popperは科学があるべき姿を示したのに対して、Kuhnは科学の現実を言い表しているようにも見える。

 「トキシコロジー」の用語さえまだ定着していない日本において、我がトキシコロジー学会は医薬品、食品、環境の安全を守る「専門家集団」としてのアイデンティティーを確立しつつあるが、「科学者集団」として共有すべきパラダイムは何か、それを絶対視してはいないか、会員と共に検証して行くのが学会の使命であろう。


*2012年1月より、日本毒性学会に改名
(2006年1月 受理)

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