一般社団法人日本毒性学会,THE JAPANESE SOCIETY OF TOXICOLOGY

English
HOME

学会概要/毒性学とは?

 毒性学とは、医薬品や化学物質が生体に取り込まれ、吸収、分布、代謝、排泄、の過程で、母化合物やその代謝物が生体成分と相互作用することによって引き起される生体(時に生態系)にとって不都合な、好ましくない有害反応(毒性)を明らかにし、生じた毒性の発現機構を解明する学問分野である。薬理学が、疾病の治療、予防、診断に用いる医薬品の薬効発現までの流れをファーマコキネティクスとファーマコダイナミクスとするのに対し、毒性学では、毒性発現に至る流れをトキシコキネティクスとトキシコダイナミクスとしている。毒性学は、医薬品開発における各種毒性試験を通した安全性評価の科学としての役割のみならず、食品添加物、農薬、工業薬品、環境化学物質、金属、化粧品、天燃物質など極めて広範な化学物質を対象としている。特に、上記のヒトに対する直接的な適用が不可能な化学物質の動物における毒性試験や各種のin vitro動物実験代替法で得られる毒性を明らかにし、ヒトへの外挿による安全性評価を行う科学でもある。
 とは言え、医薬品や化学物質の毒性は、用量―反応関係において、微弱な毒性反応から摂取量が増えるに連れ、様々な生体成分との反応が起り、有害反応の種類の広がりで生体全体にわたる毒性となり、さらに単回曝露から長期間にわたる曝露の時間軸で毒性は大きく変化しうる、加えて、毒性発現も中枢から末梢に至るまで極めて複雑な症状として発現し、それは、肝臓、腎臓、肺臓、心臓など臓器毒性、アレルギー反応や免疫系への毒性、中枢神経系や末梢神経系の神経毒性、さらに催奇形性や発がん性として現われる。日本では過去に不可逆的な作用としてサリドマイドによる奇形やキノホルムによるSMONの発症などの薬害、さらにメチル水銀による水俣病の発症などの公害としての苦渋の経験がある。
 医薬品や化学物質の有害反応を明らかにし、その発現機構を解明するには、動物種差、人の個人差、人種差、性差、年齢差、さらに胎児、新生児など化学物質に脆弱な集団への影響など幅広い知識を基にすることから、毒性学は基礎科学と応用科学を活用する多様性に富む、学際的な科学である。
 毒性学は、医薬品はじめ化学物質の有するこのような極めて多方面にわたる生体への有害反応を明らかにし、そのハザード評価やリスク評価のための情報提供を行う科学である。現代社会で活用されている医薬品はじめ化学物質の数は、約10万種類とも言われており、毒性学に基づく安全性評価がなされていない化学物質も極めて多い。この膨大な化学物質の毒性の的確な評価方法を開発し、迅速化、高度化、定量化、高精度化を進め、ヒトや生活環境の安全性評価につなげるのも毒性学の役割である。
現在まで、膨大な数の医薬品や化学物質の有する毒性が明らかにされ、その発現機構の解明も進められ、Casarett&Doull’s Toxicologyとして版を重ねている。
 トーマス・クーンは「科学革命の構造」の名著で、パラダイム・シフトの概念を示したが、急速な勢いで進んでいる科学技術を組み込んで、多様性の科学毒性学も一段とシフトアップし、守備範囲もさらに拡大し、ナノ技術から生まれたナノ素材の展開に対するナノ毒性学として、従来とは異なる物性の毒性への展開である。
 分子生物学の進歩は、化学物質と生体成分との相互作用に伴う生体反応に関わる分子の数をさらに増やし、緻密に、精密に証明を進めていく分子毒性学となる。IT技術の進歩は、画像解析技術の進歩となり、蛍光たんぱく質の発見と遺伝子導入技術の進歩は、化学物質等の刺激による生体標的分子の細胞内移動を可視化でき、毒性発現に至る流れを見せてくれる。遺伝子ノックアウトは、化学物質による毒性標的のを明確にする。さらに遺伝子操作技術の進歩は、ES細胞やiPS細胞からの、in vitro毒性評価系の構築に大きな貢献をしている。
 網羅的解析が可能なオミクス科学技術の進歩は、化学物質による有害な生体反応を用量-反応関係を含めて、学際的科学である毒性学に大きなパラダイム・シフトをもたらしている。化学物質による毒性を遺伝子、たんぱく質、代謝物の変動として網羅的に語ることも可能となり、トキシコインフォマティクスが進化する。
 さらに、マイクロRNA毒性学やエピジェネティック毒性学、システムズ毒性学としての展開もある。膨大な数の化学物質に対応するためには、これらの科学技術と定量的構造活性相関などを組み合わせ、駆使していくことによる予測毒性学へと展開する。
 現代社会における毒性学は、ここまで述べたようなことを踏まえて、環境中微量化学物質による胎内曝露や成長期曝露による生殖・発生毒性や情動認知系などの神経毒性などの次世代影響の優れた評価系の構築も重要な課題である。
 学際的科学としての毒性学は、医薬品や化学物質の安全性評価の科学であり、社会生活の環境つくりに貢献する。毒性を科学する毒性学を、受け入れる社会が、安心・安全で福寿につながることを示し、私の「毒性学とは」とする。

公益社団法人 薬剤師認定制度認証機構 代表理事
昭和大学名誉教授
吉田武美

PAGE TOP