一般社団法人日本毒性学会,THE JAPANESE SOCIETY OF TOXICOLOGY

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特別寄稿/用語解説

用語解説

MDMA

 3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン(3,4-methylenedioxymethamphetamine)で、合成麻薬である。下記に示すような化学構造を有し、関連化合物として脱メチル化体ともいえるMDAおよびN-エチル体のMDEAがある。いずれも幻覚作用と中枢興奮作用を有する。日本において、錠剤型麻薬としてのMDMA乱用が増え始めたと推察されるのは、平成10年前後からと考えられるが、ここ数年錠剤の押収量(数)や検挙者が著しく増加しており、社会的問題である。作用機構としては、セロトニンなど神経伝達物質の遊離と取り込み阻害で、ドパミンの遊離作用は弱いとされている。MDMA乱用の問題は、錠剤型麻薬として知られており、種々の剤型があり、さらにカラフルな色調であることなどから、安易に服用される危険性がある。実際には、剤型中のMDMAの含量が必ずしも明らかでないことや、覚せい剤など他の物質も混在することが知られており、中毒事故につながる可能性も高い。急性中毒では、錯乱、不安、頻脈、体温上昇(40度前後の高熱を発症)、肝、腎障害、心臓障害(心不全など)、CPK上昇、筋硬直、横紋筋融解症、こん睡、けいれんなど、様々な症状が発症する。これらの症状は、悪性症候群、セロトニン症候群とほぼ類似している。
 耐性、精神依存性、身体依存性も知られている。MDMAによる神経傷害は、不可逆的とされており、その障害機構は、MDMAやMDA代謝物とグルタチオンのチオエーテル抱合体によると考えられている。実験的には、チオエーテル抱合体のラット脳室内(icv)投与により、セロトニン、ドパミン、ノルエピネフリン遊離などによる”セロトニン症候群”を引き起こすことが明らかにされている。さらに、長期にわたるセロトニンの枯渇、GFAP発現上昇、ミクログリア活性化が認められている。
 簡易分析で用いられるシモン反応では、MDMAと覚せい剤メタンフェタミンが、ともに同様に呈色するので、注意が必要である。最終的には、機器分析による同定を行わなければならない。
 日本においては、覚せい剤、大麻、錠剤型麻薬MDMAなどによる薬物乱用が大きな社会的問題となっている。乱用による中枢機能への不可逆的な障害がおこることもあり、毒性学的研究を通した科学的啓蒙活動も必要であろう。




MDMA

MDA

昭和大学薬学部毒物学室
吉田 武美


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メラミン

 2,4,6-トリアミノ-1,3,5-トリアジンである。無色ないし白色の固体。
 メラミン樹脂製造の原料。メラミン樹脂製品は、引っ張り強度、硬度、耐衝撃性が尿素樹脂より強いとされている。電気絶縁性や機械強度も大きい。
 2007年、メラミン混入中国産ペットフードにより多数の犬や猫が腎不全等で死亡する事件があった。今回メラミン含有粉ミルクによる乳幼児の腎臓結石などの被害が発生し、死亡例の報告もある。メラミン自身の急性毒性は、強くはないが、実験動物への4500ppm食で、膀胱に移行型細胞癌腫の発生が米国NTPより報告されている。犬や猫の死亡例では、メラミンとそのアミノ基が水酸基になっているシアヌール酸との反応で結晶が生成し、腎結石となると考えられている。従って、メラミンとされている成分中に、不純物として他の含窒素化合物も含まれていた可能性もある。
 食品中のタンパク含量の測定にケルダール法(セミミクロケルダールまたはミクロケルダール法)を用いるとしたら、本法では窒素含有量として定量し、タンパク質量を計算することから、化学構造からも明らかなように窒素含量の高いメラミンを混入すると、高タンパク食として算定されることになる(タンパク質は、分子中にほぼ窒素を16%含有)。


昭和大学薬学部毒物学教室
吉田 武美




 NTP(National Toxicology Program):国家毒性プログラム。米国の連邦法に基づき、国立環境衛生科学研究所(NIEHS)等の各省庁機関が評価対象化学物質の選択、発がん性試験の実施及び分類を行っている。


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メタミドホス

 平成20年1月30日、輸入食品餃子を食して健康障害を起こした患者が発生し、その類似餃子から有機リン系殺虫剤メタミドホスが検出されたとの報道がなされた。その後相次いで餃子類からメタミドホス、ジクロロボス(DDVP)、パラチオン、メチルパラチオンと有機リン系殺虫剤検出が相次いだ。メタミドホスは、分子量は141.12の灰色がかった白色固体で、刺激臭のある水溶性物質である。強力なアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を有し、浸透性で、残留性のある殺虫剤として海外で使用されてきている。毒性が強いこともあり、海外では死亡例の報告も多い。日本では農薬として流通することはなく、毒物・劇物取締法の対象外である。毒性面から使用禁止する国もある。米国では、商品に“Danger-Poison”の表示が義務づけられている。
 哺乳類に対して経口、経皮、吸入各経路の暴露で強い毒性が発現する。例えば、経口LD50は、ラット21 mg/kg(雄)、16 mg/kg(雌)、経皮で50 mg/kg(ラット)、吸入で9 mg/kg(ラット)、19 mg/kg(マウス)などの値が報告されている。中毒症状は、有機リン系殺虫剤の特有の症状が発症し、かつヒトにおいて遅延性の神経障害も認められている。生殖毒性も0.15mg/kg/日から認められている。ヒトでも精子数の減少や精子の生存率の減少が報告されている。弱いながら変異原性があるが、発がん性はマウスとラットいずれにおいても確認されていない。NOEL(無毒性量)は、ラット56日間摂食試験で、0.03 mg/kg/日とされているが、犬に32 ppmまでの数段階用量での1年間試験では、体重、臓器重量、摂食量、血液や尿の生化学検査ではなんら有害作用は認められなかったとする報告もある。環境生物に対しては、鳥類に対する毒性は強く、魚毒性もある。
 現在日本で使用されているアセフェートの脱アセチル化による微量代謝物でもある。


昭和大学薬学部毒物学教室
吉田 武美


LD50.:lethal dose 50 (50%致死量). ある一定の条件下で動物に試験物質を投与した場合に、動物の半数を死亡させる試験物質の量。


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大麻 - その幻覚成分、テトラヒドロカンナビノール

 大麻(アサ)およびその製品は、我が国では大麻取締法で厳しく規制されている。大麻の乾燥葉を一般にマリファナと呼ぶ。昨今、特に大学生間での大麻の栽培を含めた乱用が顕在化しており社会問題となっている。大麻は、主成分のテトラヒドロカンナビノール(THC、図)に多幸感、陶酔感、音感・視覚の鋭敏化、時間・空間感覚の異常、離人感などを発現する作用がある。これらの異常感覚を期待し、ファッション感覚も伴って安易に乱用されている。「大麻はタバコより害が少ない」と巷間いわれるが、それは間違いである。両者の毒性は本質的に異なり、大麻の摂取量が増すとタバコには見られない急性精神症状が現れることが知られている。また、継続的に摂取すると耐性や依存性の発現のほか、統合失調症などの治療を要する精神障害にも繋がる(大麻精神病)。近年、乱用される大麻の中にはTHC含量が20%を超えるものもあり、作用がより強力で精神障害発現の危険性は増している。

 大麻摂取の有無は、尿試料中のTHC代謝物であるTHC-11-oic acid の存在により判定される。検出用の簡易キット(Triage、Monitectなど)が市販されており、容易にスクリーニングが行える。最終的な確認および定量は、ガスクロマトグラフィー・質量分析装置(GC/MS)、高速液体クロマトグラフィー・質量分析装置(LC/MS)などの精密機器により行う。検出限界は0.1~1.0 ng/mLである。




大麻取締法では、種子は「大麻」の定義から除かれているが、発芽可能な種子を外国から持ち込むことは関税法違反である。また、その種子を栽培あるいは販売すると知りながら提供すれば、大麻取締法の栽培ほう助に当たる不法行為となる。乱用防止には、有害作用も含めてこれらを周知徹底する必要がある。


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ゲノム時代と創薬への過剰な期待

世の中は今やゲノム時代である。“Gene”と“Chromosome”を組み合わせた造語である"Genome"はライフサイエンスを制覇した。近年のゲノム研究とナノサイエンスの進歩は日ごとに目覚ましいものがある。加えて、最新解析機器の進歩と相まってこれまで見えないものの正体がようやく見えてきた。見えないものには好奇心と関心が払われるが、見えてしまうとさらにその先の見えないものに向かって研究が推進されるのは世の常である。科学が進歩することにより人類、研究者は多くの恩恵を受けるが、同時にそれ以上の宿題が課せられ、場合によっては混乱を招くことも少なくない。ゲノム科学の進歩は正にその端的な例である。

2003年4月14日にヒトゲノム完全解読が公表された。その時の各国の国際プロジェクトへの貢献度は、アメリカ59%、イギリス31%、日本6%、フランス3%、ドイツ1%、中国1%であった。日本がアメリカに大きく溝をあけられた原因にはいろいろなことが挙げられている。例えば、出発点ではアメリカを凌いでいたにも関わらず、その敗因として当時の国策が総じて小出しで遅すぎたことが指摘されている。事実、和田昭允の卓越した先見性と日立製作所の優れた技術により米国に先駆けて製作されたDNAシークエンサーは、その後の米国の官民一体の強力な追い込みによりいとも簡単に追い越された。また、我が国ではポストゲノムの促進を目指して1998年に「大学等技術移転促進法」が制定されたが、そのときにはアメリカではすでに知的戦略が国内の隅々まで浸透していた。これらの例で明らかな様に、日本政府の後手後手の戦略が目立つ。

米国は2002年にNIHと国立ヒトゲノム研究センター(NHGRI)がエンコード計画を発表した。これは、”Encyclopedia of Human DNA Elements”であり、正に遺伝情報の意味を解き明かしてゲノムの百科辞典をつくる計画である。我が国では、ヒトゲノム解読の敗北を教訓として、その巻き返しのために、ポストゲノムにかけて産学官の総力で2002年度に「タンパク3000」の5年間の国家プロジェクトが理研と大学の共同作業でスタートした。毎年1700億円の科学研究費補助金がどこに消えているのか、その有効活用が気になるところである。

いまや、ライフサイエンスやナノサイエンスなどの有力な研究室には最先端の計測分析機器が整備されている。その多くは外国製である。かつて、私が教職にあった1985年頃に、当時の中曽根内閣が我が国の貿易黒字を減らすために、外国製大型機器の購入には優先的に予算を付けるなど半ば強制的に米国製機器を購入した時期があった。さらに、米国留学から帰った我が国の研究者は、米国製の機器を好んで購入した。それにより、国内における先端機器開発の遅れによるバイオサイエンスでの日米の格差が歴然となった。その結末は国産品の開発や使用の遅れとなり、ひいては我が国から発信する科学技術の低落に繋がった。

かつて欧米で始められたコンピューター上でのバーチャル創薬は、彼等が期待した程の成果はみられなかったことから、多くの研究者はそれから撤退した。また、一時期米国の医療分野で花盛りであった遺伝子治療も、数年の経験の結果予想したほどの成果が得られずベクターの開発に留まったことから、米国では一部の有効例を除いて多くの研究者はそれから手を引いた。日本ではどうだろうか。日本人は新しい情報、技術には極めて敏感に反応しそれを取り入れる。しかし、それが期待した程の成果が得られないことがわかっても、中々踏ん切りをつけることが出来ない。遺伝子診断は多くの成果が挙げられているが、遺伝子治療は期待したほどでもないにも関わらず、わが国では国策として今もって続いている。

私は昨今のゲノム研究の成果が新薬開発に向けられていることに大きな期待と同時にある種の懸念をもっている。ヒトゲノム解読の結果明らかになった30億個の塩基と、3.5~4万個の遺伝子が10万—20万種類のタンパク質をつくるとなれば、遺伝子配列だけでタンパク質の機能を推定するのは難しい。それは、一つの遺伝子が複数のタンパク質を合成することとなり、タンパク質同士の相互作用で複雑なバリエーションが生まれることが考えられる。さらに、発見された遺伝子の中で、その機能が明確なものは全体の僅か10%に過ぎない。つまり、個人レベルで考えるならば、in vivo における薬物応答phenotypeとin vitroから誘導されるgenotype情報をどのように関連づけるかが問題である。これがなされない限り、ゲノム情報がそのまま新薬の開発には結びつきにくいという事実がある。その橋渡しがBioinformaticsの有用性であり、機能が明らかでない遺伝子は、proteomicsの研究成果によりそのタンパク質の機能が明確となる。そこで初めてゲノム創薬のレールが敷かれることとなる。

ここで誤解を避けるためにあえて強調したいのは、ゲノム研究の成果は、医薬品開発の各ステップには大きな利益をもたらしていることは間違いない。例えば、SNPの技術による遺伝子解析の成果は、いわゆる“テーラーメード医療”として、いろいろな問題はあるにしろ今後臨床試験で役立つことが期待される。また、Toxicogenomicsの進歩によるsafety evaluationの進歩は異論のないところである。High Throughput Screening による膨大なdrug candidatesのscreeningはまさにゲノム技術の恩恵によるところが大きい。さらに、市販後における重篤な副作用の解析にゲノム技術は不可欠ともいわれている。今後OMICSの研究により多くの有益な情報をもたらすことは疑いない。これらのゲノム技術を創薬の中に取り入れた医薬品開発をいわゆる「ゲノム創薬」と呼ぶのであれば、それはそれなりに成功しているとみてよい。その意味では、大学における研究もゲノム創薬の一部を担っていると考えてよい。問題は、「ゲノム創薬」のイメージが個人により異なるところに混乱を招く原因かがある。

国立大学も最近では独立法人化され経営の効率化が大きな争点となっているが、医薬産業はあくまでも営利事業であるので、それに対するCost-Benefit Balance, Cost-Performance Balanceが問題となる。ゲノム創薬を遂行するための莫大な先行投資と、それによりもたらされる新薬の収益とのバランスが果たして許容できる範囲だろうか。私はこれに関して何ら数字上の情報を持っていないので的外れな危惧かもしれない。しかし、もし、世の中の人々が、ゲノム創薬により短期間の間に低コストで多くの新薬が開発される「打ち出の小槌」であると考えるならば、それは余りにも大きな期待を与えることとなる。現に、海外の大手の製薬企業でさえいわゆる「ゲノム創薬」による新薬はまだ上市されていないと聞く。

ゲノム創薬は近代の輝かしいサイエンスに違いない。また、薬物療法へのゲノム科学の導入はいわゆる「テーラーメード治療」に代表されるかもしれない。しかし、これが一般市民の治療に益をもたらすためには、医療保険制度の改正などサイエンス以外の部分で多くの問題が山積している。サイエンスは世の中に多くの幸せをもたらすが、同時に多くの混乱を招くことも少なくない。私は創薬の場の経験がないので、もし本稿の内容がすベて現状を理解していないものとされるならば、自分の浅学を恥じるものである。いずれにしても、世の中にあふれているゲノム情報を是非患者に役立つ形で還元して欲しいものである。


千葉大学名誉教授
佐藤 哲男


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有機スズ化合物

 有機スズとは4価のスズ原子にアルキル基やアリール基が1-4個共有結合した有機金属化合物の総称である。 4置換体は他の有機スズ化合物生産の中間体として主に使用されている。3置換体は殺生物作用を有しており、殺菌剤、防黴剤、ダニ駆虫剤、ネズミ駆散剤、軟体動物駆除剤等として、農薬や木材の防腐のために使われてきた。 2置換体は商業上で最も重要であり、使用量は全有機スズ化合物の70%以上と推定されており、主にプラスティック工業の分野でポリマーの劣化防止のために塩化ビニル樹脂の熱、光安定剤として使われている。1置換体は塩化ビニル樹脂の安定剤として使用されている。

 トリブチルスズ(TBT)とトリフェニルスズ(TPT)は1960年代から船底塗料や魚網への水生生物の付着を防止するための防汚剤製品中に広く使われてきた。1970年代の終わりから1980年代の初めにかけてヨーロッパのカキやムール貝の養殖事業に多大な損害を与えたことから、使用規制が行われるようになった。我が国では1990年に化審法により、ビス(トリブチルスズ)=オキシド(TBTO)が第1種特定化学物質に指定され、製造及び輸入が原則として禁止され、 TBTOを除くTBT化合物13物質及びTPT化合物7物質が同法に基づく第2種特定化学物質に指定され、製造及び輸入には事前の届出が必要となっている。2001年には国際海事機関(IMO)の外交会議において、2008年以降に船舶に塗布することを禁止するためのAFS条約が採択され、2003年以降TBT船底用塗料の新たな塗布を禁止し、2008年以降はすでに塗布されているTBT塗料を船体から除去するか海水に溶出しないように塗膜を塗布することとなった。河川、海、土壌、水底の泥中に存在する有機スズは微生物や紫外線により徐々にアルキル其やアリール其がはずれて無機化される。

 TBT及びTPTは内分泌撹乱作用が疑われる物質とされており、巻貝にインポセックスによる繁殖障害を引き起こす。TBTは1 ppt程度で巻貝のイボニシにインポセックスを誘導する。ヒトでは、TPTの吸入事故による目眩、吐き気、一過性の意識消失、衰弱及び光恐怖症、経口摂取中毒例が報告されている。またジブチルスズオキシドの作業環境における皮膚障害がみられている。動物実験では、一般的には高分子量側鎖を有する有機スズ化合物の腸管吸収は低く、体内に吸収された有機スズはかなり早く脱アルキル化されて排泄されることが知られている。トリアルキルスズについては神経症状が特徴的であり、トルエチルスズ及びトリメチルスズで顕著に発現、四肢/後肢麻痺、振戦、過剰興奮、攻撃性等の症状を呈する。TBT、TPT、トリシクロヘキシルスズ、ジブチルスズ、ジオクチルスズ等が胸腺を萎縮させ、T細胞依存性の免疫機能を抑制等の免疫毒性を示すことが知られている。

 FAO/WHO合同残留農薬専門家会議によるTPTの許容1日摂取量は0-0.5 µg/kg、WHOによるTBTOの経口曝露指針値は0.3 µg/kg、厚生労働省によるTBTOの暫定的許容1日摂取量は1.6 µg/kg、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)は1日8時間、週40時間の繰り返し労働における作業者の許容限界値をスズとして0.1 mg/m3としている.


独立行政法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門
江馬 眞


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代替フロン

 1974年にモリーナとローランドにより、成層圏に達したフロンが紫外線によって分解されて発生した塩素によるオゾン層破壊の可能性が指摘され、その後、冷却剤、消火剤、発泡剤、溶媒やエアゾール噴射剤等に含まれるChlorofluorocarbons (CFCs)、四塩化炭素、臭化物やハロン等によるオゾン層破壊が進んでいることが認識されるようになった。CFCsに替わって、「塩素を含まないこと、含んでいても分子内に水素を有し、成層圏に達する前に消滅しやすいこと」、「地球温暖化への影響が少ないこと」及び「可燃性と毒性がないこと」を条件とした代替フロンとして、Hydrochlorofluorocarbons (HCFCs)及びHydrofluorocarbons (HFCs)が開発され、使用されてきた。HCFCsはCFCsほどではないが、オゾン層を破壊する性質を有しており、日本をはじめとする先進国ではモントリオール議定書により2020年までに全廃することとなっている。

 1,1,1,2,2-Pentafluoroethane (HFC-125), 1,1,1,2-Tetrafluoroethane (HFC-134a), 1,1,1-Trifluoroethane (HFC-143a), 1,1-Difluoroethane (HFC-152a), Difluoromethane (HFC-32) 及び1,1,1,3,3-Pentafluoropropane (HFC-245fa)等のHFCsは、CFCsに比べて低オゾン破壊能及び低温暖化効果、HCFCs及びCFCsと同様な高揮発性、高熱伝導率、低表面張力、低可燃性等を有することから、CFCs及びHCFCsの代替冷媒として広く使われている。しかし、HFCsは二酸化炭素の数百倍から数千倍の地球温暖化係数(GWP)を持つため、大気排出が地球温暖化の観点から問題視されている。2007年におけるHFCsの国内出荷量は34,300 トンであり、そのうちの24,900 トンが冷媒としての出荷である。また、環境省が公表する『日本国温室効果ガスインベントリ報告書』によれば、2007年度の冷媒用途でのHFCsの大気排出量は、1,145万GWPトン(実際の排出量とGWPとの積をとり二酸化炭素換算での排出量に変換したもの)と推定されている。これは2007年における国内からの温室効果ガス全排出量13.7億GWPトンの1%弱に相当する。HFCsの大気排出量の中でも、カーエアコン用冷媒に用いられるHFC-134aの排出量が際だって大きいと思われる。

 このHFC-134aに代表されるHFCsは速やかに揮発して環境中に放出され、その大気寿命である10年程度の時間スケールで、主に二酸化炭素、一酸化炭素、トリフルオロ酢酸、フッ化カルボニル、フッ化水素及びギ酸等に分解される。これらの分解物質のうちのいくつかは強い腐食性や刺激性を有しており、毒性も有している。

 EUでは2006年6月に欧州F-Gas規制が交付され、乗用車及び軽トラックのエアコンに使用する冷媒はGWPが150以下であること、また、今後6年間でHFC-134aの使用を規制することとし、2011年から販売される新車から段階的廃止を開始し、2017年1月から全ての新車への使用を禁止するとしている。



表-1. 主なHFCsの大気寿命、オゾン破壊係数(ODP)、地球温暖化係数(GWP)、暴露限界、生産量及び用途

化合物 IUPAC名 分子式 CAS番号 大気寿命(年) ODP GWPa 曝露限界(ppm) 世界の年間生産量(千トン) 主な用途
HFC-125 1,1,1,2,2-Pentafluoroethane CHF2CF3 354-33-6 29 0 3,400 1,000 38.5  (2006年) 市販の冷凍・空調システムの混合成分、消火剤
HFC-134a 1,1,1,2-Tetrafluoroethane CH2FCF3 811-97-2 13.8 0 1,300 1,000 156.6 (2006年) 単独または他の成分と混合して、家庭・車・産業用冷媒
HFC-143a 1,1,1-Trifluoroethane CF3CH3 420-46-2 52 0 4,300 1,000 16.3   (2006年) 市販の冷凍・空調システムの混合成分
HFC-152a 1,1-Difluoroethane CH3CHF3 75-37-6 1.4 0 120 1,000 20.4 冷媒、噴霧剤、発泡剤
HFC-32 Difluoromethane CH2F2 75-10-5 5 0 550 1,000 15.0 家庭空調システム
HFC-245fa 1,1,1,3,3-Pentafluoropropane CHF2CH2CF3 460-73-1 7.2 0 950  300 - 冷房システム、発泡剤
a: 二酸化炭素GWP = 1として、その気体の大気中における濃度あたりの温室効果の100年間の強さを比較した値。

独立行政法人 産業技術総合研究所 安全科学研究部門
江馬 眞

コンパクト化学システム研究センター
永翁 龍一


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