一般社団法人日本毒性学会,THE JAPANESE SOCIETY OF TOXICOLOGY

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毒性学コミュニケーション/毒性学トピックス解説

マイクロサンプリングのGLP試験における活用

医薬品等の非臨床安全性試験において、曝露評価は毒性評価との関連性検討のために重要です。このためICH S3A「トキシコキネティクス(毒性試験における全身的暴露の評価)に関するガイダンス」1)が発出されています。一方、これまで薬物濃度評価のためには1時点当たり多くの血液量が必要であったため、主試験群の他にサテライト群という別の動物群設定が必要でした。しかし近年、薬物濃度測定系の高感度化により、50µL以下の血液量で評価が可能となってきました。このような微量サンプリング(マイクロサンプリング)の利用に関するICH S3AガイドラインのQ&Aが2017年に最終化され、本邦でも2019年3月に発出されています2)

マイクロサンプリングは本邦より欧州の方が取り組みの歴史が長く、既にGLP試験でマイクロサンプリング手法が採用されたケースも報告されています。欧米を中心とする39社を対象にした2017年の調査では、半数以上の企業が治験申請時にGLP試験についてげっ歯類のマイクロサンプリングデータを使用し、約1/4の企業が製造販売承認申請時にマイクロサンプリングを利用したげっ歯類及び非げっ歯類のGLP試験データを含めたとの報告があります3)

マイクロサンプリング部位として、欧米では尾静脈が良く用いられますが、本邦では鎖骨下静脈が汎用されています。ラットを対象とした28日間反復投与毒性試験を想定し、1日目と27日目に24時間で各6-7時点において各50 µLを鎖骨下静脈よりマイクロサンプリング法で採血した時、採血した動物に認められる所見は軽微で各評価項目における背景値の範囲内であり、それらを勘案した上で毒性評価に用いることは可能と報告されました4)。また、毒性が認められる被験物質3種(血液毒性:フェナセチン5)、メチレンブルー6)、免疫毒性:アザチオプリン6))に関し、ラットにおける毒性評価へのマイクロサンプリングの影響について検討が行われ、毒性プロファイルに大きな影響はないと考えられる結果が報告されています。本邦において、医薬品開発時のGLP試験におけるマイクロサンプリングの利用はまだ少ないものの、導入のための検討結果の報告数は増加しており、エビデンスは蓄積されつつあります。マイクロサンプリングは、主試験群動物でなされた場合に毒性評価値と薬物濃度との1:1での関連性解析が可能であること、また動物の苦痛軽減及び使用数の減少の点から動物福祉に貢献するため、その積極的な利用が期待されています。



引用文献:

1) トキシコキネティクス(毒性試験における全身的暴露の評価)に関するガイダンスについて.厚生省薬務局審査課長通知(平成8年7月2日 薬審第443号)
2) 「トキシコキネティクス(毒性試験における全身的暴露の評価)に関するガイダンス」 におけるマイクロサンプリング手法の利用に関する質疑応答集(Q&A)について.厚生労働省医薬生活衛生局医薬品審査管理課(平成31年3月15日 事務連絡)
3) Patel, S.R., Bryan, P., Spooner, N., Timmerman, P. and Wickremsinhe, E. (2019): Microsampling for quantitative bioanalysis, an industry update: output from an AAPS/EBF survey. Bioanalysis., 11, 619-628.
doi: 10.4155/bio-2019-0019.
4) Yokoyama, H., Hattori, N., Ohtsuka, H., Murata, E., Kobayashi, A., Muta, K., Takumi, A., Kitaura, H., Jinno, F., Iwai, A., Nakai, K., Mori, K., Saito, K. and Saito, Y. (2020): Lack of toxicological influences by microsampling (50 µL) from jugular vein of rats in a collaborative 28-day study. J. Toxicol. Sci. 45, 319-325.
doi: 10.2131/jts.45.319.
5) Ohtsuka, H., Takahashi, K., Kitaura, H., Kandori, H., Danbayashi, K., Higuchi, T., Jinno, F., Nitta, S.I., Mori, K., Iwai, A., Nakai, K., Saito, K. and Saito, Y. (2022): No obvious toxicological influences of 50 μL microsampling from rats administered phenacetin as a drug with hematological toxicity. J. Toxicol. Sci., 47, 193-199.
doi: 10.2131/jts.47.193.
6) Tochitani, T., Sasaki, Y., Nishimura, N., Fujii, Y., Iwaisako, T., Umeya, N., Hashimoto, M., Inada, H., Chihara, K. and Miyawaki, I. (2022): Effects of microsampling on toxicity assessment of hematotoxic compounds in a general toxicity study in rats. J. Toxicol. Sci., 47, 269-276.
doi: 10.2131/jts.47.269.

2022年
国際医療福祉大学 薬学部 小林章男
国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部 斎藤嘉朗


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MPSを用いた安全性評価の現状

Microphysiological System(MPS;生体模倣システム)とは、Organ on a Chipなどとも呼ばれ、MEMS(micro electro mechanical systems)技術を用いてプラスチックなどの素材からなる微小空間を持つチップ内に細胞あるいはオルガノイドなどを播種し、培地を灌流することで、従来の平面静置培養では得ることができない、より生体に近い機能や反応を各臓器(中枢、心臓、腎臓、肝臓、膵臓、小腸、微小血管など)で模倣できるシステムと一般的に言われています。

医薬品モダリティ*1の多様化やヒトに特異的な医薬品の開発に伴い、ますます種差を考慮した評価が求められる中、MPSは臨床予測性がより高い安全性や薬物動態の評価系として期待が寄せられています。すなわち、MPSは培地を灌流することにより起きるシェアストレス*2などにより、ヒトに近い生体機能を持つことが知られており、例えば既存のヒトの小腸細胞を用いた平面静置培養では認められない蠕動運動や微絨毛の形成などが報告されています1)。その他、欧米を中心とした種々のコンソーシアム活動などを通じて、安全性への利用事例や薬物動態評価にMPSを用いる際に求められる推奨事項が報告されています2, 3)

MPSを用いた評価系の課題としては、MPSは生物学と工学の両要素を持つツールであることから生理的環境を再現するための条件設定の難しさが挙げられます。その他にも微量な細胞や培地を経時的かつ非侵襲に評価するための検出装置の充実なども必要です。規制科学の観点では、MPSの性能基準や評価法の標準化に向けた国際調和が行われており、MPS World Summit 4)などで産官学が一体となっての議論が進められ、今後の進展が注目されています。


*1 モダリティ:低分子、中分子(ペプチド)、抗体、核酸、細胞、等の様々な治療手段。近年製薬業界で使用されている用語。

*2 シェアストレス:せん断応力とも言われ、物質内部にある面と平行方向に、その面にすべらせるように作用する応力のこと。


引用文献:

1) Kim et al., (2012). Human gut-on-a-chip inhabited by microbial flora that experiences intestinal peristalsis-like motions and flow. Lab Chip. 12, 2165-74.
DOI: 10.1039/c2lc40074j
2) Marx et al., Biology-inspired microphysiological systems to advance patient benefit and animal welfare in drug development. ALTEX. 37, 365-394.
DOI: 10.14573/altex.1603161
3) Fowler et al., (2020). Microphysiological systems for ADME-related applications: current status and recommendations for system development and characterization. Lab Chip. 7, 446-467.
DOI: 10.1039/c9lc00857h
4) Microphysiological System World Summit, https://mpsworldsummit.com/

2022年 アステラス製薬株式会社 開発研究部門
奈良岡 準


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化学物質の皮膚感作性リスク評価

アレルギー性接触皮膚炎には感作が成立する誘導過程とアレルギー反応が惹起される誘発過程があります。そのうち感作の誘導は、一定の曝露条件下(頻度・期間など)で用量依存的な現象であり、感作性物質ごとに固有の閾値を持つことが知られています1)。そのため、定量的リスク評価を実施して、個々の感作性物質の「安全な曝露量」を決定することが可能です2, 3)

定量的リスク評価は3つのステップで構成されています。第1に、感作性物質に対して、感作性の誘導における最大無作用量である予測無感作誘導濃度(No Expected Sensitization Induction Level;NESIL)を決定します。NESILの決定は、HRIPT 法(Human Repeated Insult Patch Test;ヒト反復パッチテスト)やマウス LLNA 法(Local Lymph Node Assay;局所リンパ節試験)、また動物を用いないin vitro/in silico評価法の結果など、さまざまな感作性情報を考慮した証拠の重み付けに基づいています3)。NESILについては、かつて皮膚パッチテストなどの臨床データ(感作性の発生率)は濃度(%)表記で比較しても相関性がよくありませんでしたが、単位面積当たりの投与量の考え方を導入することで相関良く議論することが可能になりました4)。これは、曝露された物質によって感作性が誘導されるためには、皮膚に存在する一定数の抗原提示細胞(樹状細胞など)が活性化される必要があるという免疫学的なメカニズムで説明できます。第2に、感作性評価係数*1を適用して実験環境から実際のヒトの曝露シナリオへ外挿することにより、許容曝露量を決定します3, 5)。第3に、製品の使用頻度や期間、使用習慣、使用量などを考慮して、消費者曝露量を算出します。その上で、感作性物質の消費者曝露量が許容曝露量を超えない場合には、感作性の誘導リスクは許容されると考えることができます。尚、この許容曝露量は、アレルギー性接触皮膚炎の誘導過程のリスク評価には有用である一方で誘発過程へは適用できないことに注意が必要です。

現在この定量的リスク評価は香料素材の感作リスク評価や感作閾値の考え方に応用されていますが3, 6)、今後、長期的な臨床研究などを通して、アレルギー性接触皮膚炎の防止に対する科学的有効性をさらに検証していくことが必要と考えられています。


*1 感作性評価係数:個人間変動、製品効果、曝露頻度、皮膚状態の要素を掛け合わせることで設定3, 5)


引用文献:

1) Basketter, David A., Catherine Clapp, Donna Jefferies, Bob Safford, Cindy A Ryan, Frank Gerberick, Rebecca J Dearman, Ian Kimber. (2005). Predictive identification of human skin sensitization thresholds. Contact Derm. 53(5):260-267.
doi: 10.1111/j.0105-1873.2005.00707.x
2) Api, Anne Marie, David A. Basketter, Peter A. Cadby, Marie France Cano, Graham Ellis, G. Frank Gerberick, Peter Griem, Pauline M. McNamee, Cindy A. Ryan, and Robert Safford. (2008). Dermal Sensitization Quantitative Risk Assessment (QRA) for Fragrance Ingredients. Regul. Toxicol. Pharmacol. 52(1):3–23.
doi: 10.1016/j.yrtph.2007.10.008.
3) Api, Anne Marie, David Basketter, James Bridges, Peter Cadby, Graham Ellis, Nicola Gilmour, Helmut Greim, Peter Griem, Petra Kern, Alain Khaiat, John O’Brien, Thomas Rustemeyer, Cindy Ryan, Bob Safford, Benjamin Smith, Matthias Vey, and Ian R. White. (2020). Updating Exposure Assessment for Skin Sensitization Quantitative Risk Assessment for Fragrance Materials. Regul. Toxicol. Pharmacol. 118:104805.
doi: 10.1016/j.yrtph.2020.104805.
4) Kimber, Ian, Rebecca J. Dearman, David A. Basketter, Cindy A. Ryan, G. Frank Gerberick, Pauline M. McNamee, Jon Lalko, and Anne Marie Api. (2008). Dose Metrics in the Acquisition of Skin Sensitization: Thresholds and Importance of Dose per Unit Area. Regul. Toxicol. Pharmacol. 52(1):39–45.
doi: 10.1016/j.yrtph.2008.01.010.
5) Basketter, David, and Bob Safford. (2016). Skin Sensitization Quantitative Risk Assessment: A Review of Underlying Assumptions. Regul. Toxicol. Pharmacol. 74:105–16.
doi: 10.1016/j.yrtph.2015.11.013.
6) Nishijo, Taku, Anne Marie Api, G. Frank Gerberick, Masaaki Miyazawa, Mihwa Na, and Hitoshi Sakaguchi. (2022). Implementation of a dermal sensitization threshold (DST) concept for risk assessment: structure-based DST and in vitro data-based DST. Crit. Rev. Toxicol. 52(1):51-65.
doi: 10.1080/10408444.2022.2033162.

2022年 花王株式会社 安全性科学研究所
西條 拓


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メチル水銀の中枢毒性

メチル水銀は水俣病の原因物質であり、高濃度含む工業廃水で汚染された海域に生息する魚介類の摂取により発症しました。メチル水銀の急性毒性症状として痺れ、視覚・聴覚異常など、慢性毒性症状として運動失調、歩行困難など、いずれも中枢神経の障害がもっぱら生じます。現在では厳しい法律や世界的な条約が定められ、水俣病のような高濃度メチル水銀曝露による健康被害は今後発生する可能性は低いと考えられています。現在、国民が摂取している水銀は、主に海水中の無機水銀が微生物によりメチル化され、大型魚類に生物濃縮により蓄積されたメチル水銀に由来しています。胎児の神経発達にとってはメチル水銀は比較的低濃度でもリスク因子となるため、2003年から妊娠中の魚介類摂取量について注意喚起がなされています1)。環境中の水銀の量は、1850年頃からの工業化によって2000頃まで直線的に増加しています(図)。近年、減少傾向に転じたという報告があります(※)。

さて、親電子性をもつメチル水銀は、求核性アミノ酸のシステイン (Cys) と非酵素的に共有結合し、中性アミノ酸であるメチオニンと類似した化学構造物となることが知られており、小腸においては中性アミノ酸トランスポーター(B(0)AT1)を介して吸収されます。毒性物質への感受性が高い脳は血液脳関門により保護されていますが、ここでも中性アミノ酸トランスポーターLAT1、LAT2を介して血液脳関門を通過することで2)、脳を傷害します。胎盤関門も同様の機構により通過するため、胎児の脳はメチル水銀の標的となりやすいと考えられています。メチル水銀は、タンパク質の活性中心となっているCys残基へ結合し活性を低下させる機構により毒性を発揮することが知られています。古典的には、チューブリン3)やアミノアシルtRNA合成酵素4),5)などのCys残基への結合を介した活性阻害が報告されています。最近では、血漿中においてセレン含有タンパク質であるセレノプロテインP (SeP) との結合が報告され6)、セレノシステインとメチル水銀の結合も、毒性発現に関与が示唆されています。他方、水銀蓄積に伴いセレンも蓄積することが知られ7)、セレンはメチル水銀毒性に対して保護的に作用するとも考えられています。


図 UNEP Global Mercury Assessment 2013より


※ Atmos. Chem. Phys., 17, 5393–5406, 2017
doi.org/10.5194/acp-17-5393-2017
※ UNEP Global Mercury Assessment 2018参照
https://www.unep.org/resources/publication/global-mercury-assessment-2018


引用文献:

1) 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会、乳肉水産食品部会: 「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項」平成17年11月2日 (平成22年6月1日改訂)
2) Yin, Z., Jiang, H., Syversen, T., Rocha, JB., Farina, M., Aschner, M. (2008). The methylmercury-L-cysteine conjugate is a substrate for the L-type large neutral amino acid transporter. J Neurochem. 107(4), 1083-90.
doi.org/10.1111/j.1471-4159.2008.05683.x
3) Cheung, M.K., Verity, M.A. (1985). Experimental methyl mercury neurotoxicity: locus of mercurial inhibition of brain protein synthesis in vivo and in vitro. J Neurochem. 44(6), 1799-808.
doi.org/10.1111/j.1471-4159.1985.tb07171.x
4) Vogel, D.G., Margolis, R.L., Mottet, N.K. (1985) The effects of methyl mercury binding to microtubules. Toxicol Appl Pharmacol. 80(3), 473-86.
doi.org/10.1016/0041-008X(85)90392-8
5) Vogel, D.G., Margolis, R.L., Mottet, N.K. (1989). Analysis of methyl mercury binding sites on tubulin subunits and microtubules. Pharmacol Toxicol. 64(2),196-201.
doi.org/10.1111/j.1600-0773.1989.tb00630.x
6) Liu, Y., Zhang, W., Zhao, J., Lin, X., Liu, J., Cui, L., Gao, Y., Zhang, T.L., Li, B., Li, Y.F. (2018). Selenoprotein P as the major transporter for mercury in serum from methylmercury-poisoned rats. J Trace Elem Med Biol. 50, 589-595.
doi.org/10.1016/j.jtemb.2018.04.013
7) Naganuma, A., Imura, N. (1980). Bis(methylmercuric) selenide as a reaction product from methylmercury and selenite in rabbit blood. Res Commun Chem Pathol Pharmacol. 27(1), 163-73.

2022年 東北大学 薬学部薬学研究科 代謝制御薬学分野
工藤 琉那、斎藤 芳郎


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毒性発現における腸内細菌叢の関与

腸内細菌は実に多種多様であり、これらはある一定のバランスが保たれた「腸内細菌叢」という生態系を構築しています。そして、腸内細菌叢は、D-アミノ酸、ビタミン、短鎖脂肪酸などの合成に関わることで、宿主の代謝や生理機能に多大な影響をもたらしています1)

細菌叢の異常と様々な疾患病態の関連性が示唆されるようになってきました。さらに近年においては、細菌叢が腸管神経系を介して、脳と双方向的なネットワークを形成(脳腸相関)していることが報告されており、神経発達症や精神疾患の多くでは、細菌叢の多様性が低下(細菌種や細菌数の減少)した「Dysbiosis(腸内毒素症)」と呼ばれる状態にあることが指摘されています2)

それでは、なぜDysbiosisが病態へつながる可能性があるのでしょうか。現在考えられている主なメカニズムとしては、菌叢バランスの変動が特定の生理活性物質レベルを増減させることが提唱されています3)。あるいは、腸管のバリア機能が低下するLeaky gut(腸管壁浸漏症候群)を発端に、有害な毒素や炎症誘発成分が血液中に流入し、全身へ広がるというメカニズムも提唱されています4)。一方で、病態に関わる菌種の特定が容易ではないこと、神経系・免疫系・内分泌系のシグナルと複雑に絡み合っていることから、未だ不明な点も多く存在しています。

古くから母子継承が知られるデーデルライン杆菌が有名ですが、興味深いことに、新生児の腸内細菌叢は母子伝播によって形成されることが分かっています5)。さらに、周産期の環境要因(分娩および授乳形態、化学物質によるばく露影響など)によって幼少期の菌叢バランスが変動し、将来的な疾患発症の要因となる可能性が指摘されています。成長後も、細菌叢の構成は、宿主を取り巻く環境(ライフステージ、食事、化学物質、ストレスなど)によって変動することが知られ、そのため、種々の疾患発症において腸内細菌叢はこれら環境要因の標的となる可能性があります。その一方で、病態に対する予防・改善のための介入対象としても注目されています。特に、プロバイオティクス(生きた有用菌の摂取)・プレバイオティクス(腸内の有用菌を増殖させる食品成分の摂取)やFMT(Fecal Microbiota Transplantation、糞便微生物移植)のような、腸内環境を正常化するアプローチの重要性が一層高まっていくと考えられます。


引用文献:

1) Jandhyala, S. M., Talukdar, R., Subramanyam, C., Vuyyuru, H., Sasikala, M., & Nageshwar Reddy, D. (2015). Role of the normal gut microbiota. World journal of gastroenterology, 21(29), 8787–8803.
doi.org/10.3748/wjg.v21.i29.8787
2) Wang, Y., & Kasper, L. H. (2014). The role of microbiome in central nervous system disorders. Brain, behavior, and immunity, 38, 1–12.
doi.org/10.1016/j.bbi.2013.12.015
3) Wu, S. J., Bekhit, A. E. A., Wu, Q. P., Chen, M. F., Liao, X. Y., Wang, J., & Ding, Y. (2021). Bioactive peptides and gut microbiota: Candidates for a novel strategy for reduction and control of neurodegenerative diseases. Trends in Food Science & Technology, 108, 164-176.
doi.org/10.1016/j.tifs.2020.12.019
4) Luca, M., Chattipakorn, S. C., Sriwichaiin, S., & Luca, A. (2020). Cognitive-Behavioural Correlates of Dysbiosis: A Review. International journal of molecular sciences, 21(14), 4834.
doi.org/10.3390/ijms21144834
5) Makino, H., Kushiro, A., Ishikawa, E., Kubota, H., Gawad, A., Sakai, T., Oishi, K., Martin, R., Ben-Amor, K., Knol, J., & Tanaka, R. (2013). Mother-to-infant transmission of intestinal bifidobacterial strains has an impact on the early development of vaginally delivered infant's microbiota. PloS one, 8(11), e78331.
doi.org/10.1371/journal.pone.0078331

2022年 東北大学大学院農学研究科 動物生殖科学分野
佐々木 貴煕、種村 健太郎


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薬物アレルギー

薬物による有害反応は、薬物自体の薬理作用によって説明可能な副作用としての「中毒性」と、それでは説明できない5,000~10,000人に一人或いはそれ以下に稀におこる毒性、即ち、患者の体質に起因すると考えられる「特異体質性毒性(idiosyncratic toxicity)」に分類されます。この「特異体質性」の中に、免疫学的機序に基づいた「薬物アレルギー」が存在します。薬物アレルギーは、他のアレルギー疾患と同様に、大きく即時型と遅延型に分けられ、更にCoombsとGellの分類に基づき、Ⅰ型からⅣ型に分けられます。Ⅰ型~Ⅲ型は血清抗体が関与した体液性免疫による即時型、Ⅳ型は感作リンパ球による細胞性免疫による遅延型のアレルギー反応です。

薬物アレルギーの症状としては、アナフィラキシー(Ⅰ型)、溶血性貧血などの血液障害(Ⅱ・Ⅲ型)や、スティーブンスジョンソン症候群(SJS)/中毒性表皮壊死症(TEN)に代表される皮膚粘膜障害(Ⅳ型)が挙げられます。アナフィラキシーは、原因薬物がIgEに結合してそれを架橋することによって好塩基球や肥満細胞からヒスタミンやロイコトリエンが脱顆粒することで起こり、その原因薬物として抗がん剤、造影剤、血液製剤や抗菌薬が知られています。溶血性貧血を起こす薬物としてはペニシリン系抗菌薬が著名で、薬物が赤血球膜上のタンパク質に結合し免疫原性のあるハプテンを形成することで発症すると考えられています。その他に、赤血球に対する自己抗体(IgGやIgM)の形成を誘導することで赤血球に傷害をもたらす薬物(αメチルドパ、レボフロキサシンなど)や、薬物が抗原となりそれに対する抗体との複合体形成を介して赤血球の破壊を起こす薬物(テイコプラニンやオメプラゾールなど)も、溶血性貧血を起こす可能性があります。

近年のゲノムワイド関連解析から、遅延型のアレルギーであるSJS/TENなどのアレルギー反応には、ヒト白血球抗原(HLA)の特定の多型が関与する報告が相次いでいます1)。例えば、カルバマゼピンはHLA-B*15:02遺伝子、アロプリノールはHLA-B*58:01遺伝子と強く関連することが知られています。それらの発症機序として、薬物がHLA上のペプチドと結合してハプテンを形成することや、薬物がHLAと直接結合することなどが可能性として考えられています2)。これらの毒性は生命を脅かす危険性もあることから予測バイオマーカーの探索が進められており、最近ではHLA遺伝子を導入したマウスを用いたメカニズム探求も行われています3)。そこから、原因となるHLA遺伝子のみならず、免疫の暴走を抑える機構の個人差などの患者の状態も発症を決める重要な要因となることが見出されています。


引用文献:

1) Usui, T. and Naisbitt, D.J. (2017): Human leukocyte antigen and idiosyncratic adverse drug reactions. Drug Metab Pharmacokinet, 32, 21-30.
https://doi.org/10.1016/j.dmpk.2016.11.003.
2) Sullivan, A., Watkinson, J., Waddington, J., Park, B.K. and Naisbitt, D.J. (2018): Implications of HLA-allele associations for the study of type IV drug hypersensitivity reactions. Expert Opin Drug Metab Toxicol, 14, 261-274.
https://doi.org/10.1080/17425255.2018.1441285.
3) Susukida, T., Kuwahara, S., Song, B., Kazaoka, A., Aoki, S. and Ito, K. (2021): Regulation of the immune tolerance system determines the susceptibility to HLA-mediated abacavir-induced skin toxicity. Commun Biol, 4, 1137.
https://doi.org/10.1038/s42003-021-02657-2.

2022年 千葉大学大学院 薬学研究院 生物薬剤学研究室
青木 重樹


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微小粒子状物質(PM2.5)による中枢神経系への影響

大気汚染による健康被害は世界的な懸案事項であり、現在、世界人口の92%は汚染された大気中で生活していると言われています1)。大気中を浮遊する有害物質の中でも特に、微小粒子状物質(particle matter 2.5; PM2.5)が問題視されています。PM2.5は「粒径が2.5 μmの粒子を50%の割合で分離できる分粒装置を用いて、より粒径の大きい粒子を除去した後に採取される微小粒子」と定義されるものであり2)、体内深部へ侵入しやすいため毒性が高いと考えられます。本邦では、PM2.5が呼吸器や循環器へ悪影響を及ぼすとの国内外の疫学知見をもとに、環境基準濃度を「1年平均 15 μg/m3 以下 かつ 1日平均 35 μg/m3 以下」に定めています。

口や鼻から体内に取り込まれたPM2.5は、気道や肺へ沈着します。そのためPM2.5による健康影響については、呼吸器や循環器に焦点が当てられてきました。しかし、鼻腔上皮の嗅粘膜に付着したPM2.5が嗅神経の軸索輸送(図)を介して脳内移行する可能性が示されるなど3,4)、新たな標的器官として“中枢神経系”が示唆されています。PM2.5が中枢神経系疾患のリスクを高めるとの疫学報告が増加しており、例えば、PM2.5高濃度環境下では脳梗塞発症後の死亡率が上昇、入院期間が延長することが複数の研究グループから報告されました5–7)。さらに、認知症8–10)、うつ病11)などのリスクを高めることも示唆されています。

このようにPM2.5は中枢神経系疾患を増悪することが明らかになりつつありますが、そのメカニズムはほとんど解明されておりません。その一つの理由として、研究する為に必要な量が確保できていない事が挙げられます。しかし、近年、大気中のPM2.5を微粒子として収集するサイクロン型捕集機が新たに開発されたことにより12)、PM2.5を細胞や動物に曝露することができるようになりました。今後はヒトを対象にした疫学研究に加えて毒性学研究を遂行することによって、PM2.5による中枢神経系への影響について分子レベルでの理解が進むことが期待されます。


引用文献:

1) World Health Organization. (2016): Ambient Air Pollution: A Global Assessment of Exposure and Burden of Disease. World Health Organization.
https://apps.who.int/iris/handle/10665/250141?locale-attribute=en&mbid=synd_yahoolife
2) 今井浩孝,小椋康光. (2020): 衛生薬学(改訂第3版):基礎・予防・臨床. 南江堂.
3) Oberdörster, G., Sharp, Z., Atudorei, V. Elder, A., Gelein, R., Kreyling, W. and Cox, C. (2004): Translocation of inhaled ultrafine particles to the brain. Inhal. Toxicol., 16, 6-7, 437-445.
https://doi.org/10.1080/08958370490439597
4) De Lorenzo A.J.D. (2008): The olfactory neuron and the blood-brain barrier. In: Ciba Foundation Symposium - Taste and Smell in Vertebrates. Novartis Foundation symposium. pp.151-176, John Wiley & Sons, Ltd.
https://doi.org/10.1002/9780470715369.ch9
5) Yang, W.S., Wang, X., Deng, Q., Fan, W.Y. and Wang, W.Y. (2014): An evidence-based appraisal of global association between air pollution and risk of stroke. Int. J. Cardiol., 175, 2, 307-313.
https://doi.org/10.1016/j.ijcard.2014.05.044
6) Liu, H., Tian, Y., Xu, Y. and Zhang, J. (2017): Ambient Particulate Matter Concentrations and Hospitalization for Stroke in 26 Chinese Cities: A Case-Crossover Study. Stroke., 48, 8, 2052-2059.
https://doi.org/10.1161/STROKEAHA.116.016482
7) Chen, G., Wang, A., Li, S., Zhao, X., Wang, Y., Li, H., Meng, X., Knibbs, L.D., Bell, M.L., Abramson, M.J., Wang, Y. and Guo, Y. (2019): Long-Term Exposure to Air Pollution and Survival After Ischemic Stroke. Stroke., 50, 3, 563-570.
https://doi.org/0.1161/STROKEAHA.118.023264
8) Shou, Y., Huang, Y., Zhu, X., Liu, C., Hu, Y. and Wang, H. (2019): A review of the possible associations between ambient PM2.5 exposures and the development of Alzheimer’s disease. Ecotoxicol. Environ. Saf., 174, 344-352.
https://doi.org/10.1016/j.ecoenv.2019.02.086
9) Grande, G., Ljungman, P.L.S., Eneroth, K., Bellander, T. and Rizzuto, D. (2020): Association Between Cardiovascular Disease and Long-term Exposure to Air Pollution With the Risk of Dementia. JAMA. Neurol., 77, 7, 801-809.
https://doi.org/10.1001/jamaneurol.2019.4914
10) Patten, K.T., Valenzuela, A.E., Wallis, C., Berg, E.L., Silverman, J.L., Bein, K.J., Wexler, A.S. and Lein, P.J. (2021): The Effects of Chronic Exposure to Ambient Traffic-Related Air Pollution on Alzheimer’s Disease Phenotypes in Wildtype and Genetically Predisposed Male and Female Rats. Environ. Health Perspect., 129, 5, 57005.
https://doi.org/10.1289/EHP8905
11) Braithwaite, I., Zhang, S., Kirkbride, J.B., Osborn, D.P.J. and Hayes, J.F. (2019): Air pollution (particulate matter) exposure and associations with depression, anxiety, bipolar, psychosis and suicide risk: A systematic review and meta-analysis. Environ. Health Perspect., 127, 12, 126002.
https://doi.org/10.1289/ehp4595
12) Okuda, T., Isobe, R., Nagai, Y., Okahisa, S., Funato, K. and Inoue, K. (2015): Development of a high-volume PM2.5 particle sampler using impactor and cyclone techniques. Aerosol. Air. Qual. Res., 15, 3, 759-767.
https://doi.org/10.4209/aaqr.2014.09.0194

図 嗅覚神経系の概略図


2022年 広島大学 大学院統合生命科学研究科 生体機能化学研究室
田中美樹、石原康宏


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QT延長作用評価

医薬品開発において、心室再分極遅延(QT間隔延長)及び催不整脈のリスク評価は重要な課題です。1980年後半から1990年代に複数の医薬品による致死的な薬物誘発性多形性心室性頻脈(torsade's de pointes: TdP)が報告され、2000年前半にかけて、それらの薬剤は市場から撤退しました。その後の研究により、医薬品によって誘発されたTdPは、心筋細胞に発現しているhERG(human ether-a-go-go related gene、ヒト遅延整流性カリウムイオンチャネル遺伝子)チャネルを阻害したことが原因であること、また、QT間隔延長がTdPのサロゲートマーカーになることが明らかになり、「ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価」(ICH S7Bガイドライン)1)及び「非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価」(ICH E14ガイドライン)2)が厚生労働省より通知されました。ICH S7Bのガイドラインでは非臨床試験法及び統合的リスク評価について述べられており、コアバッテリー試験としてin vitro Ikr(hERG)測定とin vivo QT測定が提示されています。また、近年議論されている「QT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的及び非臨床的評価に関するQ&A」(ICH E14/S7B Q&A)3)にin vivo QT試験のベストプラクティスの考慮すべき事項として、下記のものが挙げられています:

・最適な動物種を用い、その選択の正当性を示すこと。

・安全性薬理試験及び非げっ歯類の毒性試験は同一の動物種を使用し、心血管系の薬力学的な作用による有害性と心臓への構造的作用との関係性をより理解を深めること。

・血中濃度を測定することが望ましく、臨床試験における最高投与量の最大血中濃度(Cmax)を網羅する十分に高い曝露で試験を実施すること。

・一般的に覚醒自由行動下のテレメトリー機器を装着した動物が使用されるが、十分な血中曝露を得るため又は化合物特有の問題点(心拍数の変化、覚醒下動物の忍容性*1又はバイオアベイラビリティの限界*2等)に対応するために、代替モデル(例えば麻酔下又はペーシング動物*3)を用いることもありえること。

・QT間隔は心拍変動の影響を受けるため、その時点における心拍数で補正したBazett、Fridericia又はVan de Water等の補正式が用いられてきたが、近年は、精度及び感度が高いとされる個別補正式も用いられていること。

薬物によるQT間隔延長作用評価に関する臨床研究として、5つのQT延長薬物と1つの陰性対象薬物を用いたIQ-CSRC prospective early phase 1 study4)が実施され、小規模な試験でも入念なECG評価を実施することでQT間隔延長評価が可能であることが示唆されました。この臨床研究を参考に、日本安全性薬理研究会(Japanese Safety Pharmacology Society: JSPS)のワーキンググループ(Japan activity for Improvement of Cardiovascular Evaluation by Telemetry system: J-ICET)はカニクイザルを用いて試験を実施し、上記臨床試験とほぼ同様の結果を得、非臨床試験でもベストプラクティスに基づき試験を実施することで、適切なQT評価が可能であることを示しました5)


*1  QT間隔延長以外の毒性が発現するため、QT間隔延長を観察するのに必要であると期待される血中濃度まで曝露できない場合など
*2  吸収率が低いため期待する血中濃度まで曝露できない場合など
*3  心臓に留置した電極を介して電気刺激を与えることで一定頻度で拍動する状況を作り出した状態

引用文献:

1) ICH S7B「ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT 間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価」薬食審査 発 1023第 4号.平成 21 年 10 月 23 日
2) ICH E14「非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価」薬食審査 発 1023第 1号.平成 21 年 10 月 23 日
3) ICH E14/S7B Q&A 「Clinical and Nonclinical Evaluation of QT/QTc Interval Prolongation and Proarrhythmic Potential, Questions and Answers 2022年2月21日バージョン」
4) Darpo, B., Benson, C., Dota, C., Ferber, G., Garnett, C., Green, C.L., Jarugula, V., Johannesen, L., Keirns, L., Krudys, K., Liu, J., Ortemann-Renon, C., Riley, S., Sarapa, N., Smith, B., Stoltz, R.R., Zhou, M., and Stockbridge, N. (2015). Results from the IQ-CSRC prospective study support replacement of the thorough QT study by QT assessment in the early clinical phase. Clin. Pharmacol. Ther., 97, 4, 326-335.
https://doi.org/10.1002/cpt.60
5) Komatsu, R., Mizuno, H., Ishizaka, T., Ito, A., Jikuzono, T., Kakoi, T., Bando, M., Koga, T., Handa, J., Takahashi, Y., Kanno, A., Ozaki, H., and Chiba, K. (2019): Exposure-response analysis of drug-induced QT interval prolongation in telemetered monkeys for translational prediction to human. J. Pharmacol. Toxicol. Methods., 99, 106606.
https://doi.org/10.1016/j.vascn.2019.106606

2022年 エーザイ株式会社 高度バイオシグナル安全性評価部
吉永 貴志


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薬剤のイオンチャネル阻害などによるQT延長作用機序

心電図においてQT間隔は、心室筋の脱分極により興奮が開始してから再分極して興奮が収束するまでの時間(心室筋再分極時間)を表す指標となっています。このQT間隔が延長した状態が「QT延長」であり、心室頻拍や心室細動などの致死性不整脈の発症につながり突然死の原因となります。

心室筋の活動電位は細胞膜の脱分極と再分極により生じ、その特性は細胞膜を介してのNa+、Ca2+、K+などを通過させる各種イオンチャネルやトランスポーター等により制御されています。そして、イオンチャネルの遺伝子変異による機能異常は先天性のQT延長(表 1)をもたらし、薬剤等によるイオンチャネル阻害や電解質バランスの変化は二次性のQT延長の原因となります(表 2)。

心室筋が再分極する過程においては、急速に活性化するK+電流(IKr)と緩徐に活性化するK+電流(IKs)が大きく寄与しています。IKrチャネルのαサブユニットは膜6回貫通型のタンパク質でありhuman ether-a-go-go related gene(hERG)によってコードされています。このhERGチャネルのポア部分に存在するアミノ酸残基(Y652やF656など)に多くの薬剤が結合してK+の通過を阻害する結果、QT延長を誘発する事が知られています1)。そのため、創薬初期における候補薬物によるQT延長作用のin vitro評価では、IKrまたはhERGチャネル電流に対する阻害作用を検出する試験が多く実施されます。直接的なチャネル阻害作用の他にも、チャネルタンパクの細胞膜への輸送(trafficking)等に対する間接的な阻害作用や、QT延長に関わるhERGチャネル以外の心筋イオンチャネルへの阻害作用等の評価も、多様な薬物のQT延長作用を評価するためには重要となります。さらに、心筋の活動電位持続時間を測定する試験、ランゲンドルフ試験、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた試験などによってもQT延長リスク評価が行われています。In vivoでは、モルモット・イヌ・サルを用いて麻酔下および覚醒下での心電図QT間隔を測定する試験が行われています。


引用文献:

1) Mitcheson, J.S., Jun Chen, J., Lin, M., Culberson, C. and Sanguinetti, M.C. (2000): A structural basis for drug induced long QT syndrome. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 12329-12333.
https://doi.org/10.1073/pnas.210244497

IKs:緩徐に活性化するK+電流、IKr:急速に活性化するK+電流、INa:Na+電流、INa-K ATPase:Na+/K+ ポンプ電流、INCX:Na+-Ca2+交換機構を介する電流、IK1:内向き整流性K+電流、ICaL:L型Ca2+電流、IKACh:アセチルコリン感受性K+電流
(遺伝性不整脈の診療に関するガイドライン(2017年改訂版)より改変)


(2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドラインより改変)


2022年 エーザイ株式会社 高度バイオシグナル安全性評価部
谷口 智彦


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化学物質の全身毒性評価におけるin silicoの活用法

2013年にEUにおいて動物実験により評価された原料を含む化粧品の販売が禁止されたこと等を背景に、世界中で動物を用いない毒性評価法(以下,非動物評価法)が議論されています。中でも全身毒性はその応答が複雑であり、標準化された非動物評価法は確立しておりません。非動物評価法の有望な手法の一つとして、類似物質の毒性情報から評価物質の毒性を推定する“read-across”がありますが、“類似性”の定義の難しさ等の課題があります1)。一方、近年開発が続くハイスループットスクリーニング(HTS)やオミクス解析の膨大なデータの公開、またそれらを解析するin silico技術の発展により、非動物試験とin silico技術を活用した新たな非動物評価法が大きな期待を集めています。

非動物試験とin silico技術を組み合わせた非動物評価法には大きく二つの方向性が見られます。一つは、生物学的応答性を考慮したread-acrossの精度向上です。米国EPAのToxCast(最大約4,500物質×数百種のHTSデータ2))等のデータから生物学的な類似性を解析することで、化学構造から類似性を解析するよりも、read-acrossの精度が高まることが報告されています3-5)。また、米国EPAのHPにはToxCastデータから類似物質を探索する機能が公開されており6)、実際の評価への活用が期待されます(2021年11月時点はbeta版)。

もう一つは、様々なin silico予測モデルの構築です。HTSやオミクスデータは化学物質に対する生体応答のキーイベントを反映するため、定量的構造活性相関(QSAR)などの化学構造を基にした予測の課題である“化学構造と毒性予測結果の間にある生体反応に基づく毒性発現メカニズム”を考慮することができます。すなわち,ToxCast等のHTSデータを用いた臓器毒性の予測や、遺伝子発現データ、薬剤-分子相互作用情報を用いた副作用予測等により、毒性発現機序を含めた予測が可能となります7,8)

その他にも、体内動態9,10)やPoint of Departure(POD)の算出11,12)等、全身毒性評価の様々な場面においてin silico技術は活躍しています。本解説で取り上げた様々な新技術はNew Approach Methodologies(NAMs)と総称され、適切に組み合わせて使用することで非動物評価の実現が期待されます。そして、in silico技術は、その中でも大きな役割を担っています。


引用文献:

1) ECHA (2020). The use of alternatives to testing on animals for the REACH Regulation. https://doi.org/10.2823/092305.
2) Richard, A. M., Judson, R. S., Houck, K. A. et al. (2016). ToxCast Chemical Landscape: Paving the Road to 21st Century Toxicology. Chem ResToxicol 29, 1225–1251. https://doi.org/10.1021/acs.chemrestox.6b00135.
3) Ball, N., Cronin, M. T. D., Shen, J. et al. (2016). Toward Good Read-Across Practice (GRAP) Guidance. ALTEX 33, 149–166.
4) Zhu, H., Bouhifd, M., Donley, E. et al. (2016). Supporting read-across using biological data. ALTEX 33, 167–182. https://doi.org/10.14573/altex.1601252.
5) Pawar, G., Madden, J. C., Ebbrell, D. et al. (2019). In silico toxicology data resources to support read-across and (Q)SAR. Front Pharmacol 10, 561. https://doi.org/10.3389/fphar.2019.00561.
6) CompTox Chemical Dashboard(https://comptox.epa.gov/dashboard
7) Liu, J., Patlewicz, G., Williams, A. J. et al. (2017). Predicting Organ Toxicity Using in Vitro Bioactivity Data and Chemical Structure. Chem Res Toxicol 30, 2046–2059. https://doi.org/10.1021/acs.chemrestox.7b00084.
8) Wang, Z., Clark, N. R. and Ma’ayan, A. (2016). Drug-induced adverse events prediction with the LINCS L1000 data. Bioinformatics 32, 2338–2345. https://doi.org/10.1093/bioinformatics/btw168.
9) Pearce, R. G., Setzer, R. W., Strope, C. L. et al. (2017). httk: R package for high-throughput toxicokinetics. J Stat Softw 79, 1–26. https://doi.org/10.18637/jss.v079.i04
10) OECD (2021). Guidance document on the characterisation, validation and reporting of Physiologically Based Kinetic (PBK) models for regulatory purposes. Ser Test Assess No. 331.
11) Paul Friedman, K., Gagne, M., Loo, L. H. et al. (2020). Utility of in Vitro Bioactivity as a Lower Bound Estimate of in Vivo Adverse Effect Levels and in Risk-Based Prioritization. Toxicol Sci 173, 202–225. https://doi.org/10.1093/toxsci/kfz201.
12) Health Canada (2021). Science Approach Document Bioactivity Exposure Ratio: Application in Priority Setting and Risk Assessment.

2022年 花王株式会社 安全性科学研究所
天野 雄斗


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Read-acrossを活用した安全性評価

Read-acrossとは、評価対象物質(ターゲット)の毒性を、類似の化学物質(アナログ)の既存の毒性情報から推定する手法です。動物実験における3Rs*1の広まり、EUでの化粧品指令7次改正(2003/15/EC)の公布、REACH*2など多くの規制当局での受け入れ等を背景に欧米を中心に普及は加速し、今では動物実験代替法の標準的なツールのひとつとなりました。

Read-acrossはターゲットと化学構造式が類しているアナログを収集することから始まります。化学構造の類似性に加え、物理化学的及び毒性学的性質の類似性(カテゴリーアプローチ)や、MOA(Mode of Action)や代謝経路の類似性(アナログアプローチ)等の様々な指標により、ターゲットと類した毒性をもつと考えられた物質群がアナログの候補となります1)。OECD QSAR Toolbox2)、有害性評価支援システム統合プラットフォーム(HESS)3)、COSMOS Next Generation4)など様々なread-across支援ツールの利用も可能です。十分な数のアナログと既知の毒性試験などの情報が集まれば、ターゲットが標的とする臓器など定性的な毒性ポテンシャルが推定可能となります。最近では無毒性量など定量的リスク評価の検討も報告されています5,6)

OECD1)やECHA7)からは、信頼性の高いread-acrossを実施するためのガイダンスが示されています。しかし実際にはread-acrossはケースバイケースで判断するものであり、選出したアナログが毒性学的に妥当であるか、また、そこから推定したターゲットの毒性が妥当であるかを客観的に示すことが難しい場合が多くあります。特に選出されたアナログに、明確な標的臓器や生理活性が確認されなかった場合に、それを以てターゲットが“安全”であるという結論を導き出すというread-acrossの作業には多くの課題があります。

これら課題を解決するため、例えばOECDではIntegrated Approaches to Testing and Assessment (IATA) Case Studies Project8)が進められ、read-acrossを用いたケーススタディが次々に報告されています。また、「in silico手法」に分類されるread-acrossですが、最近では化学物質を細胞に適用した際の応答性やトランスクリプトームデータを、アナログ収集や妥当性の説明に活用する報告もされています9,10,11)。これらの検討によりread-acrossの受け入れがさらに進み、日本や世界各国での行政利用も含めた普及に繋がることが期待されています。


*1 3Rs:Replacement(できる限り動物を供する方法に変わりうるものを利用すること)、Reduction(できる限りその利用に供される動物の数を少なくすること)、Refinement(できる限りその動物に苦痛を与えない方法によること)の頭文字の3つのRであり、動物実験の基本理念(「動物の愛護及び管理に関する法律の一部を改正する法律」(平成17年法律第68号、改正法第5章第41条)。

*2 REACH(Registration(登録)、Evaluation(評価)、Authorisation(認可) and Restriction(制限) of Chemicals(化学品)):2007年6月1日に発効したEU(欧州連合)における化学品の登録、評価、認可及び制限に関する規則。


引用文献:

1) OECD, 2014. Guidance on Grouping of Chemicals, Series on Testing & Assessment, No. 194, Second Edi. Ed. Paris.
2) OECD, “QSAR Toolbox”, https://qsartoolbox.org/ (参照2021/11/10)
3) 独立行政法人製品評価技術基盤機構, “有害性評価支援システム統合プラットフォーム(HESS)”
https://www.nite.go.jp/chem/qsar/hess.html (参照2021/11/10)
4) Yang et al., 2021. COSMOS Next Generation – A public knowledge base leveraging chemical and biological data to support the regulatory assessment of chemicals. Comput. Toxicol. 19.
https://doi.org/10.1016/j.comtox.2021.100175
5) Schultz et al., 2017. Read-across of 90-day rat oral repeated-dose toxicity: A case study for selected n-alkanols. Comput. Toxicol. 2, 12–19.
https://doi.org/10.1016/j.comtox.2017.02.002
6) Hisaki et al., 2020. Integration of read-across and artificial neural network-based QSAR models for predicting systemic toxicity: A case study for valproic acid. J. Toxicol. Sci., 45, 95-108.
https://doi.org/10.2131/jts.45.95
7) ECHA, “Read-Across Assessment Framework (RAAF)”, https://echa.europa.eu/documents/10162/13628/raaf_en.pdf/614e5d61-891d-4154-8a47-87efebd1851a (参照2021/11/10)
8) OECD, “Integrated Approaches to Testing and Assessment (IATA)”, https://www.oecd.org/chemicalsafety/risk-assessment/iata-integrated-approaches-to-testing-and-assessment.htm (参照2021/11/10)
9) De Abrew et al., 2019. Use of connectivity mapping to support read across: A deeper dive using data from 186 chemicals, 19 cell lines and 2 case studies. Toxicology, 423, 84-94.
https://doi.org/10.1016/j.tox.2019.05.008
10) Nakagawa et al., 2021. Grouping of chemicals based on the potential mechanisms of hepatotoxicity of naphthalene and structurally similar chemicals using in vitro testing for read-across and its validation. Regul. Toxicol. Pharmacol., 121.
https://doi.org/10.1016/j.yrtph.2021.104874
11) 久木友花 ほか(2021)、「化粧品の次世代安全性評価-発生毒性予測におけるトランスクリプトーム解析の可能性-、第48回日本毒性学会学術年会 ポスターセッションhttps://doi.org/10.14869/toxpt.48.1.0_P-164

2022年 株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所
久木 友花


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毒性学的観点から見た生体必須微量元素セレンの代謝

セレンは、元素の周期表で第16族に含まれ、酸素の2つ下、硫黄の1つ下、テルルの1つ上に位置する元素です。そのため、物理化学的性質は硫黄に類似しています。セレンの生物学的特徴としては、動物にとって健康を維持する上で欠くことのできない元素ですが、体内での存在量は極めて微量です。日本人の食事摂取基準(2020年版)によりますと、成人男性の推奨量(ほとんどの人が必要量を満たすと推定される1日あたりの摂取量)は、わずか30 µgです1)

セレンを体内に貯蔵するプールはほとんどないとされていますので、必要な量を摂取しないと、すぐに欠乏症を起こしてしまいます2)。セレンの欠乏症状として、爪変形や脱毛、そして重篤な場合は心筋症を起こし、死に至ることもあります。しかし、平均的な食生活を送る日本人では、食事中から十分なセレンを摂取していますので、セレン欠乏症になることはありません。なお、植物ではセレンの必須性は確かめられていませんが、ニンニクのようなユリ科ネギ属、アブラナ科のブロッコリーなどは、硫黄の代謝経路を活用し、セレンに対する高い代謝能を持った植物として知られています3)

セレンは遷移金属と思われがちですが、典型元素(非金属元素)の性質を併せ持つ半金属元素とも言われ、生体内では共有結合性の化合物を形成して、代謝されます。セレンを必須としない植物では、例外はありますが、セレンは硫黄の代謝経路に乗って代謝されることが知られています。一方、セレンを必須元素とする動物では、硫黄とセレンを見分けて代謝することが知られています。セレンに最も特徴的な代謝経路は尿中排泄に至る過程です。セレンの生理的な摂取量の範囲では、動物はセレンを1β-methylseleno-N-acetyl-D-galactosamineという糖の誘導体(一般的にセレン糖と呼ばれています)として尿中に排泄します4)(図)。この代謝物はセレンに特徴的で、硫黄や非必須元素であるテルルでは、同じように糖の形をした尿中代謝物を生成することはありません。なぜセレンの尿中代謝物が糖の誘導体なのか、そして糖の中でもN-アセチルガラクトサミンが使われるのかは、未だに明らかになっていません。

セレンの摂取量が過剰になり、栄養所要量を上回るとtrimethylselenonium ionとして尿中へ排泄されることが知られており5)、実際にこのような摂取条件下で尿を測定すると図のようになります6)(図)。この単純メチル化代謝物は、テルルを摂取した時にも尿中に見出されます。すなわち、必須元素とは言え、所要量を上回る曝露があった場合は、非必須元素と同じ経路で代謝されます。毒性学の父と言われるパラケルススの言に倣うと“ミネラルが必須であるか非必須であるかは、摂取量が決める”と代謝の観点から言えるのではないでしょうか。


引用文献:

1) 日本人の食事摂取基準(2020年版), 371.
2) Rayman, M. P. (2000) The importance of selenium to human health. Lancet 356, 233-241.
3) 小椋康光 (2009) 植物におけるセレン及びその同族元素の代謝機構. Biomed. Res. Trace Elements 20, 240-246.
4) Ogra, Y., Anan, Y. (2009) Selenometabolomics: Identification of selenometabolites and specification of their biological significance by complementary use of elemental and molecular mass spectrometry. J. Anal. At. Spectrom. 24, 1477-1488. 10.1039/B910235C
5) Kraus, R. J., Foster, S. J., Ganther, H. E. (1985) Analysis of trimethylselenonium ion in urine by high-performance liquid chromatography. Anal. Biochem. 147, 432-436. 0003-2697(85)90293-3
6) Ogra, Y. (2017) Biology and toxicology of tellurium explored by speciation analysis. Metallomics 9, 435-441. 10.1039/C7MT00022G



図.栄養所要量を上回るセレンを摂取したラットの尿中セレン代謝物のLC-ICP-MS(HPLCの検出器として誘導結合プラズマ質量分析計を用いた分析法)による溶出図.

主に2つのセレン代謝物が観察され、早く溶出する代謝物がセレン糖で、遅い方がトリメチルセレノニウムイオンであることが同定されています。


2021年 千葉大学大学院薬学研究院
小椋 康光


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